9月にも実質賃金プラスへ(5月毎月勤労統計):それでも個人消費の回復は遠い
実質賃金のプラス転換は9月に前倒しか
厚生労働省は7月8日、5月分毎月勤労統計を発表した。実質賃金の前年同月比上昇率は-1.4%と4月の同-1.2%からマイナス幅を拡大させ、26か月連続でのマイナスとなった(図表)。 他方、残業代や一時金などを含まない(名目)所定内賃金は、前年同月比+2.5%と4月の同+1.8%から上昇率を高めた。これは、31年ぶりの水準だ。調査対象となる企業のサンプル入れ替えの影響を受けない共通事業省ベースの所定内賃金は同+2.7%であり、サンプルバイアスの影響は大きくないことを示唆している。
所定内賃金は、春闘での高い賃金上昇率の影響が反映される途上にあり、向う数か月のうちに前年同月+3.0%まで到達し、その水準で安定することが見込まれる。 しかし、消費者物価は、政府による電気・ガス補助金終了の影響で、7月まで上昇率を加速させる。そのため、賃金上昇率が高まっていっても、実質賃金が前年比でプラスに転じるまでにはまだ時間がかかる。7月の+2.8%をピークにコアCPIの前年比上昇率は低下傾向を辿り、その過程で、実質賃金上昇率は前年同月比でプラスに転じることが予想される。当初は、その時期は今年12月頃と予想していたが、政府が8月から電気・ガス補助金を3か月間復活させる考えを示した。その場合、9月から11月分の消費者物価は前年同月比0.5%ポイント低下する見込みだ。そのため、実質賃金上昇率は前年同月比でプラスに転じる時期は、9月に前倒しされると予想される。
個人消費の低迷は続き日銀の追加利上げは最短で9月か
実質賃金が9月に前年同月比でプラスに転じるとしても、それだけで弱さが目立つ個人消費が回復する訳ではない。実質賃金の水準は、物価高の影響で大きく押し下げられており、それ以前の水準を取り戻すまでには時間を要する。 さらに、個人消費の逆風となっているのは、中長期的な物価高懸念であり、それは、物価高騰を長らく容認してきた日本銀行の政策姿勢と円安進行によって生じ、定着したものと考えられる。こうした中長期的な物価高懸念が緩和、解消されるまでにも時間がかかる。そうした中でも、個人消費が多少なりとも安定を取り戻すきっかけとなり得るのは、円安の一巡だろう。 春闘で合意された高い賃上げ率が実際の賃金に反映され、また零細企業にも一定程度波及されつつあることは確認できている。また、実質賃金も9月頃にも前年同月比でプラスに転じることが展望できる状況となってきた。しかし、これだけで、日本銀行が追加利上げを実施する十分条件とは言えない。足もとの個人消費の弱さは、追加利上げの制約となるだろう。 他方、国債買い入れ減額は、国民や政府からの反発を受けずに、円安を一定程度けん制する手段になりうることから、日本銀行は追加利上げよりも国債買い入れ減額を先行させると見ておきたい。 7月の金融政策決定会合では、国債買い入れ減額の具体策のみを決め、追加利上げの実施は最短で9月の会合と現時点では予想する。そうして政策を小出しにすることで、円安を持続的に牽制する効果も日本銀行は狙っているのではないか。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
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