「魚は頭から腐る」を地で行く韓国の医師大規模スト、エリート劣化は日本も同じ
日韓に共通する「既得権者の拒否権」
話を韓国に戻そう。韓国は医師養成数を増やさねばならなかった。韓国の医師養成は、我が国同様、政府の統制下にあるが、政府は無策を続けてきた。医学部定員は1998年以来増員されていない。 勿論、政府も問題は認識していた。2022年5月までの文在寅(ムン・ジェイン)政権では、国立公共保健医療大学の新設が検討された。日本の厚労省にあたる保健福祉部が管轄する医師養成機関で、学費は無償だ。その代わり、医師偏在を是正するため、医師免許取得後は10年間、公務員として地方勤務が義務付けられる。 この制度は、日本の自治医科大学や医学部地域枠と類似しており、参考にしたのだろう。医師不足・偏在が問題となれば、日韓ともやることは同じだ。ただ、この程度で、韓国の医師不足が改善されることはない。 医療大学新設の議論は、コロナパンデミックが始まったことにより中断した。コロナ対応で手一杯で、大学新設どころではなかったのだろう。ところが、コロナ流行で韓国の医療は逼迫し、地方の医療過疎の深刻さが改めて浮き彫りとなった。 このため、2023年度の大学入試から医学部定員を拡大する議論が始まり、現状の定員数(約3000人)から500名程度を増員することが議論されたが、強力な政治力を有する大韓医師協会などの医療関係団体との合意には至らず、医学部定員は据え置かれた。このあたりも、医学部定員増には必ず反対する日本医師会の対応と似ている。韓国の国民のことを考えれば、医師養成数は増やさねばならない。ところが、韓国では既得権者が拒否権を持つ。このあたりも日本とそっくりだ。
現場は大混乱、過労死が疑われる死者も
議論が迷走する中、2月、韓国政府は、来年度から医学部定員を3058人から5058人に増やし、2035年までに最大で1万5000人に増員する方針を打ち出した。これで人口10万人あたりの医学部卒業生数は4.7人となり、OECD加盟国で下から10番目程度となる。そして、この調子で増員を続ければ、2035年にはOECD加盟国でトップとなる。ただ、これは無理筋だ。1年間で、前政権と比べ4倍の増員を一気にやるのは不可能だ。 当然のごとく、医療界は猛反対した。韓国各地の研修医が一斉に辞表を提出し、3月上旬には研修医全体の9割にあたる約1万2000人が職場を離脱した。 研修医が勤務するのは、基本的に地域の基幹病院だ。韓国では、基幹病院の勤務医に占める研修医の割合は約4割である。研修医が一斉に職場を離れたことで、医療現場は大混乱に陥った。 残された医師たちには大きな負担がかかる。3月24日には、研修医に代わり診療業務を担っていた釜山大学病院に勤務する40代の眼科教授が脳出血で死亡した。韓国メディアは、「教授は先月の研修医集団離脱後に外来診療、当直、救急患者の手術まで担当し、周囲に疲労を訴えていたという」(韓『朝鮮日報』3月25日)など、過労死の可能性を報じている。3月25日、3000人を超える医学部教授が集団で辞表を提出し、さらに混乱は深まった。医学生たちも、一斉に医師国家試験の受験拒否や休学を表明するなど、このような流れに追随した。 韓国の医療現場は大混乱に陥ったが、政府は方針を撤回しなかった。2月末には、ストライキなどを行った医師の自宅に警告書類を送り、3月から3カ月間の免許停止などの懲戒処分を実施した。そして、3月20日には、従来の方針どおり、来年度からソウル以外の地方の医学部の定員を約2000人増員する方針を決定したことを発表した。