60年前にもあった「ジョブ型雇用」議論、日本で見捨てられた当然すぎるワケ
近年、よく話題に上る、ジョブ型雇用。岸田文雄首相は、これまでのメンバーシップに基づく年功的な職能給からジョブ型の職務給に切り替えていくことで、労働生産性が上がり賃金も上がると主張しているが、実は60年前の池田勇人首相もまったく同じことを主張していたという。ジョブ型雇用が日本社会に浸透しないのは、なぜなのか?※本稿は、濱口桂一郎『賃金とは何か』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 岸田首相がニューヨークで語った 職務(ジョブ)給への意気込み 2022年9月22日、岸田文雄首相はニューヨーク証券取引所でのスピーチで、「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、個々の企業の実情に応じて、ジョブ型の職務給中心の日本に合ったシステムに見直す」、「これにより労働移動を円滑化し、高い賃金を払えば、高いスキルの人材が集まり、その結果、労働生産性が上がり、更に高い賃金を払うことができるというサイクルを生み出していく」と述べました。 翌2023年1月23日、岸田首相は第211回国会の施政方針演説で「従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務です。本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルをお示しします」と述べました。職務給、つまりジョブに基づく賃金制度の導入に大変前のめりになっていることが窺われます。 単に口先で言っているだけではありません。ここ十数年にわたって、日本政府の経済社会政策は毎年の成長戦略に描かれるようになっています。
2023年6月16日に閣議決定された『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版』では、「この問題の背景には、年功賃金制等の戦後に形成された雇用システムがある。職務(ジョブ)やこれに要求されるスキルの基準も不明瞭なため、評価・賃金の客観性と透明性が十分確保されておらず、個人がどう頑張ったら報われるかが分かりにくいため、エンゲージメントが低いことに加え、転職しにくく、転職したとしても給料アップにつながりにくかった。また、やる気があっても、スキルアップや学ぶ機会へのアクセスの公平性が十分確保されていない」と日本型雇用システムを批判し、具体的には「職務給の個々の企業の実態に合った導入」等による「構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国ごとの経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す」と打ち上げているのです。 ● 60年前に池田首相も求めた 同一労働同一賃金原則 こうした職務給への強い指向は、同じ宏池会出身の大先輩である池田勇人元首相とよく似ています。いや、池田首相の発言や池田政権時代の政策文書の記述を読み返すと、60年を隔てて両者の政策はそっくりだとすら感じます。