焦点:日銀、中立金利「1%に届かない」見方も 経済・物価の加速弱く
Takahiko Wada [東京 19日 ロイター] - 政策金利の先行きを考える上で重要となる中立金利について、日銀内で1%に届かないのではないかとの見方が浮上している。景気や物価が想定通りながら、決して急加速することはない現状を踏まえ、景気・物価に中立的な実質金利である自然利子率が推計値より低いのではないかとの認識だ。 植田和男総裁は19日の記者会見で、利上げを見送った理由の1つとして基調的な物価上昇率がゆっくりとしか上昇していないと強調した。その背景として、自然利子率が低いということも「1つの解釈だ」と述べた。 <きわめて低い実質金利、経済・物価に加速感なく> 実質金利がきわめて低いにもかかわらず、成長率も物価も浮揚感がない。自然利子率は思ったより低いのではないか――。ここに来て日銀でこんな見方が出ている。 日銀は、過去四半世紀の政策に関する「多角的レビュー」をまとめる中で、自然利子率について日銀スタッフの推計でマイナス1―プラス0.5%程度だと示した。自然利子率に物価上昇率2%を足せば名目の中立金利はプラス1―プラス2.5%となる。9月には田村直樹審議委員が中立金利は「最低でも1%程度」と明言している。 植田総裁は11月の講演で実質金利について「2010年代と比べてもマイナス幅が拡大しており、金融緩和の度合いはむしろ強まっている」と述べた。しかし、実質国内総生産(GDP)は7―9月期に前期比年率1.2%増、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は10月に前年比プラス2.3%。双方とも伸び率が急速に高まっていく状況にはない。このため、利上げを急がなければインフレが加速してしまうほどではないとの声が日銀では多い。 一方で、利上げを急がなくていいという認識は、実質金利の低さにもかかわらず、自然利子率が想定より低いのではないかという問題意識にもつながり得る。 <利上げに慣れていない経済> 自然利子率は日銀スタッフが6つのモデルから算出した値を集計したものだ。しかも、モデルごとの推計値は幅を持って見る必要がある。日銀スタッフによる8月の論文では「足もとの推計値については、新たなデータが追加されると過去の値が大きく変わってしまう可能性がある」と指摘している。このため、政策委員の間で自然利子率がどの程度なのか、見方にばらつきが生じている可能性がある。もし自然利子率が下振れているなら、中立金利の水準が下がり、次の利上げまでより間隔を空ける余裕が出てくる。 植田総裁は19日の会見で、利上げを急がずゆっくり取り組む背景として、基調的な物価上昇率の上昇が非常にゆっくりとしていることを挙げた。基調的な物価上昇率が加速していかない背景には「自然利子率がだいぶ低いところにあるのではないか、ものすごい低いということではなくても推計の範囲の中の下の方にあるのではないかというのが1つの解釈だ」と話した。ただ、より可能性があるのは基調的なインフレ期待がゆっくりとしかまだ変わっていないことだとした。 植田総裁はこれまで、中立金利がどこなのか利上げごとに経済の反応を探りながら見定めていく方針を示してきた。日本経済が長らく利上げを体験してこなかったというのが1つの理由だが、日銀では、0.25%への利上げに対する経済の反応として、0.25%自体の直接的な影響は極めて小さくても、先行きの利上げ継続観測が消費の抑制につながっているのではないかとの見方も出ている。 もちろん、経済や物価について日銀内で異なる捉え方もある。人手不足で需要の取りこぼしや設備投資の先送りといったネガティブな要因がある中でも潜在成長率を上回る成長を続けており、経済は堅調だとの見方がある。物価についても、人件費上昇分の価格転嫁がサービスだけでなく財にも広まっており、再び上昇モメンタムが強まりつつあるとの指摘もある。 植田総裁は19日、経済や物価が見通しに沿って推移していけば、政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していく方針を改めて示した。現時点で日銀では、0.5%への利上げ時も実質金利は十分低く、先行きの指針は変わらないとの見方が出ている。その一方で、自然利子率が実際は低い可能性も意識しておくべきとの見方もあり、その場合は中立金利に迫っていることを何らかの形で示唆する必要があるとの声も聞かれる。