100年超の技術で披露する"見える光と見えない光"。小糸製作所「中距離/短距離用LiDAR」「高精細ADB」【人とくるまのテクノロジー展2024】
小糸製作所は自動車用ライトメーカーの大手だ。 いまでは闇を照らすライト技術で得たノウハウを光学分野にまで広げ、目に見えない光を用いたセンシング技術の開発も盛んに進めている。 本稿では、5月22~24日に横浜で開催された「人とくるまのテクノロジー展」の小糸製作所ブースで見かけた技術をお見せしよう。 TEXT/PHOTO:山口尚志(YAMAGUCHI Hisashi) 【他の写真を見る】信じられますか? SDカードサイズに基板上に16000ものLEDが!
■闇夜を照らし続けて100年超!
小糸製作所のルーツは、創業者の小糸源六郎氏が1915年に創業した「小糸源六郎商店」だ。 1912年の鉄道用ランプの国産化成功から3年の間をおいての創業。鉄道向けランプ事業を主軸にする間、「小糸製作所」への商号変更、工場増設、株式会社化をはさんで自動車用ランプの製造に乗り出したのは1936年のことだった。 いまでは自動車用ランプ業界の筆頭にある小糸製作所の自動車事業参入が、創業から20年以上経ってからというのは意外だが、創業時は自動車用ランプの製造が事業になるほどクルマが普及していなかったのだから、考えてみたらあたり前の話だ。 ●中距離/短距離LiDARランプ このブースでは、中距離用のLiDARをヘッドライトに、短距離用のLiDARをフォグランプに内蔵する提案をしていた。 「LiDAR」は「ライダー」と読む。カタカナで書かれると、読んでも声に出しても「仮面ライダー」の「ライダー」を思い出すのだがまったくの別もので、「Light Detection And Ranging」の略称が「LiDAR」だ。 「Light:光で」「Detection:探知」「ranging:距離」の3つで「光で距離を把握する」という意味だ。 「ranging」は見慣れないが、これは「range」の変化形で、例えば「価格帯」を「価格レンジ」といいかえたときのあの「range」・・・「range」の根底には「範囲」の概念がある。 運転をクルマ任せにするなら、クルマが周囲状況を把握するセンサーが必須だ。そのひとつがLiDARで、カメラと併せ、レーザーなり赤外線なりの光で周囲物の存在およびそれらとの距離を把握する。ただし、現在の様にただバンパーに据え付けるだけだと「いかにも」という感じがするし、歩行者にぶつかったときの影響もなしとはいえない。そこですでにあるライトユニットの中に組み込んでしまったらどうかと発想したのがこの試作品だ。 やや大きめレンズの中距離用LiDARはヘッドライトと、短距離用LiDARはフォグランプと一体化。見た目もすっきりするし、万一のときでも歩行者との接触部位が減る。ついでにいうと、LiDAR単体の取り付け工数もなくなる道理だから自動車メーカーにとっても有益だろう。 そろそろ、高速道路を走行するとボディに虫が付着する季節となる。ましてやライトは前面にあるだけに最初に影響を受ける。虫だけじゃない、泥汚れや雪だって・・・LiDARの正常作動のためにはヘッドライトクリーナーが必須なことから、参考出品の中距離用LiDARの横にはヘッドライトクリーナーも展示されていた。もっともこの製品の場合、クリーンにしたいのはセンサー部なので、名称としては「センサクリーナ」。こちらも参考出品だ。 人間だって目薬を差せばその瞬間視界がにじむのである。一瞬のこととはいえ、LiDARだって洗浄液を受けて影響を受けそうだものだが、「ほとんど影響ない(担当者)」と。 いまのところ、中距離用LiDARはライトユニットの中で、他のライトと同じように光りそうな姿をしているが、これもいずれ小型化されていくのだろう。 自動車デザインの自由度を高めてくれそうな小糸製作所の提案品であった。 ■高精細ADB(Adaptive Driving Beam) 小糸製作所が次世代ADBと位置付ける「高精細ADB」も展示されていた。 これは昨年のモビリティショーにも出品されていたものだが、今回は展示エリアをコンパクトにし、来場者が間近で見られるようになっていた。 自車の前方にある先行車&対向車、歩行者に道路標識など、幻惑を与えてはいけない対象物を避けてハイビーム照射するライトは高級車を中心に広まっている。 現在のADBは、対象物への光を遮蔽(本当は「遮って」いるのではなく、複数のLEDを個別に点消灯させているのだが)するとはいっても、実際にはその輪郭より少し外側にオフセットしたエリアまで余分に遮蔽していた。これでもハロゲンランプのロー/ハイ2段式を知る目には充分だと思うが、カーブや車線変更など、刻々と変わる相手との位置関係によっては暗いオフセットエリアに埋もれた歩行者や標識をドライバーが見落とすことにもなりかねない。 この方式のADBが持つLED素子は片側16だったり32だったりと、時が進むにつれて少しずつ増えてきたが、それでもいまのところ3ケタ未満だろう。 この「高精細ADB」はすげぇぞっ! 写真のランプは参考出品だが、ぶ厚いプロジェクター式のレンズの奥に隠れているLEDの数たるや、2ケタどころか3ケタをも4ケタをも軽くスキップする5ケタの1万6000個! これら1万6000個のLED素子から発せられる1万6000本の光を個別に点消灯させ、暗いオフセットエリアを極力低減させることに成功した。 写真を見てほしい。 これは展示プロト品の前方に置いたスクリーンに映したCG内の先行車&対向車にプロト品の光を照射したもの。CGだからどうにでもなるのだが、先行車と対向車のオフセットエリアは極力抑えられ、その間に見える人の姿はおだやかな光が照らしてドライバーから視認できることがわかる。 別の表現では、先端に据え付けた光源を対向車のライト光に見立てた棒を前にかざすと、プロト品は最低限のシェーディングで広く光を照射している。棒を左右に動かせば影も同じ形のまま追従する。 この「高精細ADB」の特徴をひとことでいえば、デジタルカメラの解像度が上がったようなもので、画素数が少ない低解像度の初期デジタルカメラが在来のADB、何千万もの画素数を誇るセンサーで、それこそ高精細な写真が撮れる最新デジタルカメラがこの「高精細ADB」といったところだ。同じ面積でもひとつひとつのビームが細く・・・平面視するならつぶが小さくなったから、シェードも緻密にコントロールできるようになった。 そこまでやる必要があるかどうかの詮議はともかく、こうなると、対象物の輪郭にキッカリ合わせたシェーディングもできそうだ。 「すげぇぞっ!」はもうひとつ。これ、なーんだ? これが「高精細ADB」のLED基板だ。てっきり小さな小さなLED素子が密集してできているのかと思っていたが、実はこの基板上の、黄色味を帯びたひとつの長方形の中に1万6000ものLEDが集まっているのだ。 見た目にはカード上に貼り付けられた大きめなCOB(Chip On Board)のLEDだが、この黄色味エリアの中に1万6000ものLEDが並んでいるのだと。こうなると「密集」どころじゃない、人間でいうならLED個々はもはや「細胞」で、黄色い発光部は皮膚になる。 この基板とて、SDカードよりも小さいのではないか。この黄色のタテヨコに寸法が記されていればよかったのだが、何としてもその小ささの「すげぇっ!」とお伝えしたかったので、手持ちのたばこ1本を比較対象にした写真も撮っておいた。 いったい、どのようにしてこれっぽっちの面積に1万6000ものLEDを埋め込んでいるのか、非常に興味がある。 繊細なメスさばきで手術をする脳神経外科医も「参りました。」と土下座するほどの緻密さを持ち合わせた設備で製造されたのだろう。 ●解決してほしいLEDライトの問題点 といったところで、少々塩・コショウ・タバスコの効いた注文が。注文というよりは苦言だ。 ここまでほめた割に、筆者はクルマのランプのLED化に大きな大きな疑問を抱いている。 自動車用ライトのLED化は、まずテール&ストップランプが先行し、その後ヘッドライトが後を追った。 LEDは「明るい」「省電力」、「長寿命」または「半永久的」などが謳い文句だが、その割に光が消えたりちらついたりしているクルマをよく見かける。 明るく見やすいのはおおいにけっこうだが、これまでのバルブ式の様に光源だけ交換というわけにはいかず、他の素子は点灯するのに、たったひとつ素子が切れたがためにランプ筐体まるごと交換を強いられるというのはいったいどういうことなのか。 LED式リヤランプ出始めの頃、それまでとは「ケタが違う」というほど値段が高いと聞いたものだが、クルマによってはユニット片側当たり数十万もするものもある。 バンパーが損傷を受けてもそれが表面傷ならがまんするだけですむ。ところがオールLEDとなるとどれかひとつ不点灯になっただけで車検が通らなくなって要交換となり、否応なしに高い修理費用を支払わなければならない。修理というより交換だ。登場からほどなくLED化したハイマウントストップだっていまや義務化されているから、どれか1灯切れていればやはり車検はパスできない。たとい他がすべて生きていたとしても、だ。これがヘッドライトのスタンダードなハロゲン球なら、口金にもよるが左右合わせても4000円ちょい。自前ででもできるからその場合は工賃はタダになる。白熱灯のリヤランプなら数百円だ。これがLED化で総取っ替え万単位になるのは納得いかない。 いまでは樹脂化されたアクリルレンズも同様。いまは進化しているというが、それでもレンズのコーティング膜が劣化し、白内障か黄疸よろしく、白濁、黄ばみを起こして困っているひとは多い。これまた光量不足で車検パス不可となるとレンズ単体で交換できないから、ライト機能が正常であっても同じくまるごと交換を強要される。 光がアメーバのようにうごめいて相手の幻惑低減するすごいランプもいいのだが、その前に基本的なところ・・・光源が切れたりレンズが劣化したりしたときに、不具合部位だけ交換できる設計をもっとまじめに考えてもらいたいと担当のひとにはっきり申し上げておいた。 自動車のライトがLED化してしばらく経つが、不具合を起こしたLEDライトに「しまった!」とか「話がちがうじゃないか」と憤慨するひとがそろそろ出始めていると思う。 この「高精細ADB」の1万6000個のLEDがひしめく基板だって、見た目はSDカードに似ていてもカメラのスロットに出し入れするようにはいかず、ユニット据え付けになるという。1万6000のうちのどれかが不点灯を起こしたら、おそらく制御ユニットも含めた筐体まるごと交換となるはずだ。 このへん、仕様を考えてサプライヤーに発注し、補修部品を管理する自動車メーカーにまずはおおいに責任がある。 何でもかんでもアッセンブリー交換でよしのではなく、交換部位はできるかぎり小規模で済ませられる構造と流通になるよう、自動車メーカー、サプライヤーともに考えてほしいのだ。 省エネ、省資源、省ナントカといっても、それはクルマが故障も劣化もせず無事一生を終えられたたときにいえることであり、現実にはそうはいかないのなら、いまのライトがいくら高性能であってもちっともえらくもすごくもない。ならばいまのところはせめてユーザーが任意選択するオプションにとどめ、一般には購入時も交換時も安く済むハロゲンバルブにしてほしい。故障したら使える部分も含めて交換となり、維持するのにお金がかかるのなら現状は造り手のただの押しつけに過ぎず、省エネ・省資源も環境保護もSDGsも何もあったものじゃない。 せっかくの先進技術に水を差すようだが、最近のクルマのライトの高機能ぶりは、従来のハロゲン球ではできない、LEDだからこそ実現できた離れ業だとわかってはいても、このあたりが解決されない限り、諸手を挙げて「LEDバンザイ!」という気にはどうしてもなれないのである。 ただでさえ、自動車の価格は上がりに上がっているのだ。せめて補修費用だけでも末端ユーザーの懐にやさしいクルマ&ユニットづくりになるといい。
山口 尚志