「他人にイラっ」とした時こそチャンス...その感情を掘り下げると、「自分の才能」が見えてくる
「道端に犬のフンが落ちていることにイラッとする」も才能のひとつ!
「他者より劣っている」と思い込んで自信を失い、人生に不安を抱くという現象が、いま社会のあらゆるところで起きています。 僕は「自分はこんな才能を持っている。この才能を生かすことが自分の役割だ」と腹落ちしていますから、他者と自分を比べることはありません。自分ができることを精一杯やっていくだけ。みなさんに、この状態になってほしいんです。 自分だけの才能は誰にでもあります。必ずです。自分だけの才能を見つけて心地よく生きていってほしいというのが、本書に込めたメッセージです。 ──SNSの普及で一人ひとりの才能が可視化される時代になり、「自分には才能がない」と悩む人が増えていると想像します。そんな人たちに対して、最初に取り組んでほしいことを一つだけ伝えるとしたら、何とアドバイスされますか? 「他人にイラッとすることは?」と自分自身に問いかけてみることです。 まず前提として、才能の定義は「つい、やってしまうこと」。当たり前に、自然にやっていることです。 一方、多くの人が自分の才能に気づけないのは、他者比較で「他の人より得意なこと」を探しているから。それでは絶対に見つかりません。上には上がいるからです。 たとえば僕は文章を書くのが得意ですが、圧倒的にうまいかと言われると、イエスとは言えません。もっとうまい人はいくらでもいるでしょう。そういう意味で「他の人より得意なことは?」と聞かれても、答えられる人はほとんどいないのではないでしょうか。 「他人にイラッとすることは?」という質問から見えてくるのは、自分は当たり前にできるのに、他の人にはできないこと。「どうしてこんなこともわからないの?」「どうしてできないの?」「どうしてそんなことしちゃうの?」とイラッとするポイントに、あなただけの才能が隠れています。 ──「他人にイラッとすること」に才能が隠れているなんて、思いもしませんでした。 アンガーマネジメントという言葉があるとおり、イライラは悪いものだと思われがちです。でも「イラッ」を抑えてしまうのはあまりにももったいないこと。その「イラッ」を仕事にぶつければいいだけなんです。「他人にイラッとすること=才能」だと自覚すると、人生がうまくいきますよ。 それに、「他人にイラッとすることは?」と聞かれると、たくさん浮かんできませんか? ポジティブな感情よりネガティブな感情のほうが印象に残りやすいため、いろいろな「イラッ」が思い浮かぶはずです。 ──八木さんがこれまで聞いた、ユニークな「他人にイラッとすること」の例を教えていただけますか。 「道端に犬のフンが落ちていることにイラッとする」という人がいました。「ここからどうやって才能を見つければいいの?」と思いますよね(笑)。 でもこの「イラッ」を深掘りしていくと、みんながルールを守っている状況が、その人にとっての当たり前の基準であるという気づきが得られました。この人には、ルールを設定してみんなに守ってもらったり、ルールを広めていったりする仕事が向いていそうです。 「みんなが軽率に行動しているように見える。どうしてもっとリスクに敏感にならないのか、イラッとする」と言った人もいます。この人はリスクを見つける才能を生かして、絶対に炎上しない謝罪会見のコンサルタントになりました。この仕事に就いたとたん、高く評価され始めたそうですよ。