ベンチで住民と語らう岩本仁さん（中央）と宮崎裕介さん（右）＝9月27日、佐賀県唐津市肥前町

　少子高齢化が進む佐賀県唐津市肥前町で、一つのベンチを起点に高齢者を支えようという試みが始まった。手本とした前橋市のプロジェクトでは、世代を超えて人と人がつながり、地域づくりの輪が広がっている。 【写真】ベンチにイラストを描く看護学生、一休みするお年寄りたち 　肥前町入野地区の公園に9月8日、「幸せの黄色いベンチ」が登場した。同地区社会福祉協議会が、高齢者らが休憩できる「止まり木」にと設けた第1号だ。3週間後に取材に行くと、通りかかった地元区長の岩本仁さん（69）が「夕方になると子どもも座っとるよ」と声を弾ませた。近所の男性も加わって、いつの間にか井戸端会議が始まった。 　ベンチの設置を提案したのは唐津市社協西部支所の宮崎裕介さん（38）。肥前町は高齢化率46・3％（同1日現在）と市内でも高い。介護予防の体操教室や食事会を開くなどしてきたが「皆さん我慢強いというか、困っていても自分から声を上げる人が少ないんです」。 　声を拾い上げるきっかけをつくりたいけど、予算はほとんどない－。そんな時にインターネットで前橋市地域包括支援センター桂萱（かいがや）の「幸せのベンチ」プロジェクトを知った。自分たちもやってみようと材料を購入し、同僚とペンキを塗るなどして約2万円で第1号を完成させた。 　2基目は中学校近くの文具店前に設置する予定で、来年度から他の地区にも広げていく方針。宮崎さんは「子どもや保護者の世代とも接点をつくって、高齢者支援の必要性を知ってもらいたい」と意気込む。 　　　■　　　　■ 　前橋市のプロジェクトは2020年、ある認知症の女性の声から始まった。 　同センターの社会福祉士、森下達也さん（52）が担当する女性は近所のコンビニが閉店したことで外出が減り、元気をなくしていた。コンビニは、友人とおしゃべりするなど一息ついて次の目的地に向かう中継地点だったのだ。話を聞いた森下さんは、街中で縁石に座ってバスを待ったり、壁に寄りかかって休んだりする高齢者がいることに気付いた。 　「休む場所があれば外出を後押しできるのではないか。コンビニは作れないけど、ベンチなら作れる」。そんな思いで、映画「幸せの黄色いハンカチ」をヒントに黄色いベンチの設置を企画した。 　製作には1基約2万円かかる。地元企業などに協力を求めると、「地域貢献をしたかったけど、どうしていいか分からなかった」と予想外に歓迎された。 　支援の輪は大きく広がり、建設会社が製作方法を伝授。工業高校生が授業で作った物や、子どもたちが色を塗った物も増えていった。座面にイラストを描いたフリースクールの生徒は「社会の役に立ててうれしかった」と感想を寄せた。 　今では群馬県内に約160基が設置され、壊れた際の補修など維持管理はそれぞれ設置者が行っている。ベンチを巡るスタンプラリーなどのイベントも開催。森下さんは「気軽に参加して一緒に地域をつくる活動に育っている」と語る。 　　　■　　　　■ 　黄色いベンチの取り組みは群馬だけでなく、都内や佐賀にまで広がっている。その理由について森下さんは三つの効果を挙げる。 　外出時の休憩場所になることと、集いの場になって人と人をつなぐこと。ベンチをきっかけにラジオ体操が始まった公園もある。もう一つは見守り効果。黄色で目立つため、利用する“常連さん”を見守る地域の目が自然に育ってきた。こうした機能を生かそうと、ベンチに番号プレートを付ける計画も進めているという。例えば救急車や警察を呼ぶ時、住所が分からなくても番号を伝えればいい仕組みだ。 　地域の課題は高齢者だけではない。子どもや障害のある人の課題なども、誰も気が付かなければ解決への一歩は踏み出せない。森下さんは「ベンチから横のつながりを広げて、みんなで地域力を高めていきたい」と考えている。　（山田育代）