「天皇の生前退位」皇室典範の規定は? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語
●「象徴天皇制」と生前退位
さて、今回の「生前退位」です。前述のように皇室典範では想定されていないので、実現には改正が必要でしょう。最大の難問は退位した「元天皇」のお立場をどうするかです。現在、天皇は「日本国の象徴」と憲法で規定される象徴天皇制です。「上皇」のような地位になった場合、例えば象徴天皇以外の、ないしは以上の存在が生まれる可能性もあり、憲法的な問題や混乱が起きかねません。 退位の理由をどうするかも簡単ではないはずです。また、皇位継承順位に「元天皇」をどう位置づけるかも議論となりそうです。何らかの形で重祚(ちょうそ=天皇に復する。過去に例がある)を認める順位を定めるのか、あるいは「重祚はできない」とするのか。何も書かないとしたら、それはそれで将来、紛糾するおそれがあります。 典範16条の「摂政」で補おうという意見もあります。しかし条件は「天皇が成年に達しない」「天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないとき」であり、今上天皇にズバリとはあてはまりません。昭和天皇が80代後半に2年余りの御不例(病気)となりましたが、結局その時も摂政は置かれませんでした。 憲法4条では、天皇が「国政に関する権能を有しない」と定めており、憲法上、天皇は政治的な発言をしてはいけないことになっています。しかし仮に「生前退位」を、今上天皇の意向に沿ってかなえるとなれば、国会で皇室典範の改正か、新たな立法措置などを講じることになります。国会の立法行為はまぎれもなく「国政」そのものなので、一部には「憲法が禁じる天皇の政治介入」になりかねないとの声もあります。 ただ今回のケースは、今上天皇が80歳を超える高齢でご本人にしか分からない体調との関係がありそうです。また陛下の意向がどうであれ、それに従わなければならないというわけではないので、政治介入とまで言わなくてもいいとも考えられます。 憲法には、天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」とも書いてあります。まずは「お気持ち」を静かな心で聞き、主権者たる国民が主体的に判断するというのが道理なのかもしれません。もちろん国民が選んだ国会議員も同様です。
------------------------------------- ■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】