『虎に翼』伊藤沙莉の緩急自在なパフォーマンス 「新潟編」における寅子の“変化”を読む
放送中の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)では「新潟編」がスタートし、ヒロイン・寅子(伊藤沙莉)は新天地へ。新たなるユニークな面々とともに、これまでとはまた異なるトーンで物語を展開させているところである。 【写真】伊藤沙莉の「新潟編」場面写真(複数あり) ここで注目なのが、主演の伊藤の演技の変化。多くの仲間に支えられた東京での生活と違い、新潟での寅子の生活にはさまざまな困難がつきまとう。これらに対する伊藤の多彩な変化に目を向けてみたい。 まず大前提として、俳優・伊藤沙莉はこの世代を代表する演技者である。これに異を唱える方はほとんどいないだろう。子役からキャリアを積み上げてきたため芸歴が長く、踏んできた場数が他の同世代の俳優とは圧倒的に彼女は異なる。もちろん、場数の多さが必ずしも俳優として優れていることを示すわけではない。だが、豊かなキャリアを築くことが演技の幅を広げることに繋がるのは断言できる。作品のジャンルやフォーマットを問わず、気鋭の若手からベテランまで、さまざまなタイプの監督や演出家と伊藤は仕事を重ねてきている。この豊かさが彼女の武器だ。手にする脚本の種類が多ければ多いほど、それも強みになるに違いない。 『虎に翼』の主演が伊藤だと発表されてからというもの、誰もが大きな期待を胸に、彼女が演じる寅子との出会いを待っていたことと思う。物語の舞台になっている時代こそ違うものの、“寅子=伊藤沙莉”は現代にも通ずる、いや、いまのこの時代にこそ必要とされるテーマ(=問題提起)を体現し続けてきた。男性ばかりの法曹の世界を突き進み、立場の弱い人々に絶えず寄り添おうとする彼女の姿に何度も気分が高揚したものである。 しかし、そんな寅子もひとりの生活者。どれだけ社会から支持されても、自身の日常生活がままならなくては本末転倒にもなりかねない。そう、彼女には大切なひとり娘の優未(竹澤咲子)がいるのだ。「新潟編」でとくに注目すべきなのは、彼女の“母”としての姿だろう。いまのところ彼女の表情から読み取ることができるのは、戸惑いばかりなのである。 仕事に翻弄され、個性的な者たちを前に寅子が戸惑いを見せることは多々あったが、これまでとは明らかに違う。優未は寅子にとって最愛の娘であるのと同時に、幼いながらもひとつの人格を持った人間だ。優未を前にした彼女の振る舞いを目にしていると、そんなふうに思ってしまう。けれどもふたりきりになってようやく、“母娘”の関係を強く実感しているところなのだろう。世の中にはいろんな家族の関係や形があるから、寅子と優未の関係が間違いだとは思わない。だが物語的に、寅子はこれまで以上に“母”になっていくはず。猪爪家の下宿人であった優三(仲野太賀)との関係性が“夫婦”に変わり、しだいに両者の間に「愛情」が芽生えていくにつれ、寅子は“妻”になっていった。伊藤の演技における感情のベクトルは変化し、それがそのまま『虎に翼』というドラマのひとつの側面にもなっていた。さて、これからどんなドラマが展開するのだろうか。