<チ。 ―地球の運動について―>なぜ心を揺さぶられるのか? リアルな人間を描く 作者・魚豊に聞く
「登場人物がむやみやたらに泣かない」に関しては、「熱くしすぎずに、冷静でソリッドな演出表現を目指した」と説明する。
「殺伐としている感じをずっと出したくて、その中で頑張る人、情熱みたいなものを描こうとしました。熱い作品はすごく好きなんですけど、熱くするのに失敗している作品はなんともいたたまれない。その緊張感は自分の中にありました。だから温度感のバランスを取って、ブレないようにしたかった」
たしかに、「チ。」では、命を懸けるほどの情熱を持って地動説の証明に挑む人々が描かれているが、一方で、どの登場人物も淡々としている印象もある。魚豊さんは「淡々としている」ことを目指したといい、地動説をテーマにしたからこそ、そうした描き方を意識したという。過剰な演出ではないからこそ、登場人物が静かに燃えているようなリアルさが伝わってくるのかもしれない。
「好奇心と向上心を肯定する」に関しては、「両論併記で終わらせないということは、すごく重要でした」といい、「読者に対して、プラスもあって、マイナスもあって、どちらか君たちが決めてください、というオープンエンドでは終わらなくて、ちゃんと僕の意見を入れる」と語る。
◇言葉の力 コミックスにウィキペディアを載せた理由
「チ。」は、さまざまな名言が登場し、言葉の力も魅力の一つとなっている。放送されたテレビアニメ第1、2話でも、「不正解は無意味を意味しない」「“美しさ”と“理屈”が落ち合う」といった名言が登場した。魚豊さんは、そうしたせりふは「ほぼ逆張りなんです」と説明する。
「一般的に言われているような価値観に対して逆張りをして、さらにもう一回逆張りする。そうすると、シンプルなところに戻ってこれるんです。シンプルなことを最初に言っただけだと、重みを感じられないし、説得力を感じられないわけですよね。例えば、『愛は大切だよ』と言われても、どうかな?と思う状況の中に、今僕たちはいて、そこに重みをつけるために、最初に『愛は大切じゃない』ということを誰かに言わせておいて、その後に『愛は大切だよ』に戻ると、『やっぱりそうじゃん』と思える。現代において、僕たちはそういう言葉を信じられないような状況になっていると思うので、何か説得力をつけたいと思っています」