「登山へ行った夫が帰らない…」 日光の山中で発見された男性は別人で…捜索は思いも寄らない事態に【捜索現場のリアル】
もうひとつの遭難事故
私たちは再びWさんの捜索に戻った。発信機は水没している可能性が高いと考え、庚申山の中を流れる庚申川の捜索をすることになった。 Wさんの捜索を始めて17日が経った2019年7月2日、岸で横になっているご遺体を見つけた。狩猟をしていたと見られる服装だった。 実は、日光側から登山口へ向かう林道の入り口に、2月に猟をするために山に入り行方不明になった登山者の情報提供を求める看板が立てられていた。 猟のために山に入ったのならば保存食などもあまり持っていなかったはずだ。致命傷などもなかった。おそらく山中で道に迷い、沢までは降りられたが、その後、疲労で動けなくなったのかもしれない。
山で捜索が最も困難な場所
2名もの遭難者を発見したものの、夏から秋に季節が変わってもWさんだけがどうしても見つからない。 地上捜索は5ヶ月目に入り、捜索範囲もさらに広大になっていた。 庚申山と皇海山の間にある鋸山は、尾根の両側がほぼ崖だ。再びロープを持ち込み、稜線から150メートル下まで降り、周囲を確認、登って戻る。そして次の谷を降りて……を繰り返す。 登山中のWさんと話をしたご夫婦から聞いた「またあの道を戻らないといけない」という発言から、もしかしたら、往路で自分の設定したルートが想像よりもきついと判断したWさんが、帰りはルートを変更した可能性も考えた。 その場合、稜線を回避したルートを選ぶ可能性はないか? しかし、このルートは背の高い笹藪の中を進むことになり、GPSを使わなければ、すぐに道に迷ってしまう。 山の中で最も捜索が難しいのは、笹や木々が密生した「藪」の中である。 たいがいの山の藪は、3メートルくらいの高さの竹や小さな木の枝などが密集しており視界が悪い。一度、迷い込んでしまうと方向感覚は簡単に失われる。さらに、足元には茎の太い植物が密集して生えている。足をひっかけないようにしたり、枝をよけたりかき分けたりして移動するため、体力の消耗も激しい。 捜索隊が藪に入る際には、GPSで自分たちがどこにいるのか、常に把握するようにする。それでも笛を吹いたり、時折「おーい」と声を掛け合って、音の聞こえる方角と音の大きさで互いの位置関係を確認し合わなければ、どこにメンバーがいるかすぐに分からなくなる。捜索隊が遭難者になるなどという事態だけは絶対に避けなければならないため、安全の確保に神経を使う。 これが岩場だったら、ドローンを飛ばすことで上の様子が見える。滝壺のようなところだったら水中カメラを入れればいい。しかし、藪では機械は全く役に立たない。だから、とにかく人間が入って歩いて探すしかない。捜索隊員も、遭難者と同じく、藪を進むには体力を使う。実は遭難者の発見より先に遺留品が見つかることが多い。雨が降り、斜面や沢の中にあった遺留品が増水によって流され、最終的に捜索者の目が届く場所へ流れ着いた状態で見つかるのだ。その遺留品が見つかった場所から遡っていくと、遭難者にたどり着く。 しかし、藪は植物が隙間なく生えているため、遺留品が流されることもない。ピンポイントで遭難者ご本人か、遺留品を見つけ出さなければならないため、藪での遭難者捜索は困難を極めるのだ。 植物が密生しているならば、遭難者が進んだ後は、植物が倒れているのでは、と思われるかもしれない。しかし、自然の力は強靱だ。遭難してから数日後、私たちが捜索に入るころには植物は再びまっすぐ伸びた状態に戻っていて、ヒントは残されていない。 「この藪を全部刈りたい。それか、野焼きしたい……」。絶対にそんなことはしないが、そう考えてしまうのも事実だ。それほど、視界が狭く捜索の難易度が高いのが、藪なのである。