マット・デイモン×ケイシー・アフレックによる逃亡劇 『インスティゲイターズ』の批評性
マット・デイモンとケイシー・アフレック、そして、『ザ・ホエール』(2022年)でのアカデミー賞ノミネートによって近年注目を集めるベトナム系の俳優ホン・チャウが出演し、ダグ・リーマンが監督した映画『インスティゲイターズ ~強盗ふたりとセラピスト~』が、Apple TV+にてリリースされた。 【写真】『インスティゲイターズ ~強盗ふたりとセラピスト~』場面カット(多数あり) ボストン市長の汚職によるカネを奪うという強盗計画に参加したものの、情勢が変わったことによって計算が大きく狂い、逃亡を余儀なくされる男二人を演じるのが、マット・デイモンとケイシー・アフレック。その逃亡劇に、セラピストである医師(ホン・チャウ)が巻き込まれていくというのが、本作の物語だ。 そんな本作『インスティゲイターズ ~強盗ふたりとセラピスト~』は、犯罪アクション映画であるとともに、そこに心理学的な分析を投入することで、アクション映画全体への批評的な要素のある、かなり興味深い一作となっていた。ここでは、そんな本作が何を表現しているのかを、深いところまで考察していきたい。 本作では、元海兵隊員でありながら、かなりドジなローリー(マット・デイモン)と、抜け目ないが皮肉屋でアルコール依存症のコビー(ケイシー・アフレック)という、でこぼこコンビが、参加した強盗計画の失敗により逃亡する姿が描かれていく。ローリーが、初めて強盗に参加することで、説明された計画をメモにとって証拠を残すような行動をとってしまったり、人質を脅さなければならない局面で緊迫感のないことしか言えないという、ドジを繰り返すのが笑えるところだ。 このようなコメディ展開は、彼を演じているマット・デイモンが凄腕のエージェント役を手がけた『ボーン・アイデンティティー』(2002年)のダグ・リーマン監督とのタッグ作品であることを考えれば、よけいに面白く感じられる部分だ。マット・デイモンとケイシー・アフレックという組み合わせも、何度となく実現しているが、とくにガス・ヴァン・サント監督の『GERRY ジェリー』(2002年)で、荒野を果てしなく彷徨うコンビを演じていたことを思い出せば、本作における二人の道行きをも感慨深く観られるはずだ。また、ホン・チャウも『ダウンサイズ』(2017年)で、すでにマット・デイモンと共演している。 さらには、悪徳市長役にロン・パールマン、その弁護士をトビー・ジョーンズが演じているほか、ヴィング・レイムス、マイケル・スタールバーグ、アルフレッド・モリーナ、ポール・ウォルター・ハウザーなど、演技巧者たちがキャスティングされているのも豪華だ。 オリジナル脚本は、本作の舞台であるマサチューセッツ州ボストンで記者として活動し、やはりボストンの犯罪を題材としたTVドラマ『CITY ON A HILL/罪におぼれた街』を手がけたチャック・マクリーンと、同じくボストンで育ったケイシー・アフレックが共同執筆している。都市部だけでなく、郊外の沿岸部なども描かれているように、その発想は地元だからこその「ボストン愛」に溢れているといえよう。また、作中で悪徳市長に対してアジア系の新たな市長候補が台頭するという描写については、実際にボストンの現市長が台湾系のミシェル・ウー氏だという事実に基づいている。 とはいえ、本作はコメディ風の展開による緊迫感のなさや、犯罪アクション映画としての目新しさに乏しいという理由で、アメリカ本国の批評家筋からは、あまり評価されていないようだ。それは、豪華な座組みによる期待が大きかったことも影響しているだろう。しかし、本作における最大の特徴である、精神分析の要素については、あまり触れられてはいないのが実情だ。そこを掘り下げて考えなければ、正当な批評は成立し得ないのではないか。