レーシングタイヤの技術はどのように市販タイヤに生かされている? 横浜ゴムがスーパーフォーミュラ用スリックタイヤについて解説
■ レーシングタイヤでも資源の有効活用に取り組む 10月12日、スーパーフォーミュラ第6/7戦 富士スピードウェイ ラウンドの舞台を使って、横浜ゴムがジャーナリストを対象とした「レーシングタイヤ勉強会」を開催した。 【画像】当日はJRPの記者会見が開かれ、近藤真彦会長並びに上野禎久社長が今後のスーパーフォーミュラの概要を報告。7大会12レース(2025年シーズンの韓国大会は断念)で行なわれることなどが発表された レーシングタイヤというと、われわれが通常使っているタイヤとはまったく関係がないタイヤというイメージを多くの読者が抱くことだろう。快適性や燃費などはいっさい考えない、速さだけを追求した溝のない幅広のスリックタイヤ。 しかしそれはもう昔の話だ。確かに快適性は必要ないが、現代のレーシングタイヤはサステナビリティ(持続可能性)の名のもとに、燃費や耐久性の向上を目指し、資源の有効活用にも取り組んでいる。こうした要素は速さと両輪の関係にあり、レースで得た知見と技術が、市販タイヤにフィードバックされているのだ。 その身近な例の1つが、日本最高峰のレース「スーパーフォーミュラ」だ。これを主催する日本レースプロモーション(JRP)は2022年から「SUPER FOMULA NEXT50」を通じてカーボンニュートラルへの対応を強めており、2023年に導入したダラーラ製「SF23」のボディには、カーボン素材と同等の重量と剛性を可能とするバイオコンポジット素材が採用されている。また、そのタイヤも横浜ゴムが再生可能原料比率33%(ドライタイヤ)を達成した「カーボン・ニュートラルタイヤ」を、同じく昨シーズンから導入しているのだ。 ということでここからは、レースで得られた技術がどのようにわれわれが使う市販タイヤへ生かされているのかを見ていくことにしよう。 ■ スーパーフォーミュラの魅力は「究極のワンメイクレース」であること 市販タイヤとスーパーフォーミュラ用スリックタイヤの大きな違いは、まず「軽さ」だ。 一般的なタイヤと違ってスリックタイヤはトレッド部分のゴムが薄く、内部にはチューブレスライナー(チューブレスタイヤの気密性を保つために装備されるゴム層)すらない。そしてサイドウォール部分が、非常に薄い。 ちなみにサイズは、フロントで270/620R13、リアでは360/620R13という太さと厚さだ。そして正確な数字こそ非公開ながら、その重量は同じ幅の市販タイヤに比べて3~4割近く軽いのだという。 またスーパーフォーミュラは、2020年からふたたびドライ/ウェット用それぞれのタイヤを、通年を通して1スペックと定めた。開幕前のテストでそのスペックが決まると、基本的にはこれを開幕戦(2024年でいうと3月9日の鈴鹿ラウンド)から、最終戦(11月9日の鈴鹿ラウンド)までずっと使うのである。よってタイヤには、春先から日本の厳しい夏場を経過して、冬場まで対応できる温度レンジが求められる。 直列4気筒2.0リッターで約550馬力を発生するターボエンジン(トヨタ製とホンダ製の2種類)を搭載し、接近戦を増やすべくダウンフォース量を約8%削減したといいながらも、依然として高いダウンフォースを誇るダラーラ「SF23」の走りを、1つスペックのタイヤで1年通して受け止めるのは、容易なことではない。SUPER GTのようなマルチメイクとは違い、開発競争のないワンメイクタイヤで、なぜここまで厳しい条件を課すのか? そこにはまず、純粋な技術の研鑚がある。レギュレーションで決められた外径と総幅のなかで、荷重の増加によっていかにその接地面積を広げ、かつ接地形状だけでなく、その変化過程をも最適な形として、接地圧分布の均一化を目指している。 そのためにスーパーフォーミュラ用のスリックタイヤはカーカスを2レイヤーとして、それぞれの方向性をクロスさせた。そしてこの技術は「ADVAN SPORT V107」をはじめとしたADVANの市販モデルに、高剛性カーカスを折り返してサイドウォール剛性を高める「マトリックス・ボディ・プライ」技術として応用されている。 2つめは、サスティナビリティの推進だ。 具体的には従来の枯渇製資源を、再生可能資源に置き換える努力が積極的に行なわれている。トレッドコンパウンドには「再生可能ゴム」や「再生カーボン」、天然由来の「籾殻(もみがら)シリカ」や天然オイル、オレンジオイルをはじめとした「バイオマスオイル」、加硫促進剤として屑鉄から抽出した「再生亜鉛華」が使われている。構造材となるカーカスには「天然ゴム」と「再生亜鉛華」、サイドウォール部には「再生ゴム」が用いられる。 再生可能な原料の性能と、コストおよび供給率はトレードオフだという。再生ゴムや粉末ゴム、再生カーボンといった素材は現状比較的安価だが、性能維持しにくいものが多い。 対してマスバランス方式(原料から商品への加工・流通工程において、使用したバイオマス由来の原料と同じ重量だけ商品へバイオマス由来という特性を割り当てることができる手法。バイオマス由来の原料を割り当てられた商品については、実際のバイオマス由来原料の含有量とは関係なく、バイオマス由来商品としてみなされる)で作られるポリマーや再生PET、サーキュラーカーボンといった原料は既存原料と同等の性能を発揮するが、まだまだ希少で価格が高いというジレンマがある。より安価で品質の良い原料を探し、かつ再生素材の性能を引き出す技術を高めていくことが、サスティナビリティ推進における今後の課題だと横浜ゴムは述べている。 マシンもエンジン以外はワンメイク、タイヤも同じくワンメイクかつ1スペック。こうした状況において、戦いはさらにシビアになる。さるチームのエンジニアに話を聞いたところ、このタイヤは予想通り「レンジが広くて尖ったところがない、性能の幅が広いタイヤ」だという。しかしだからこそ、製品誤差が極めて少ないダラーラSF23というマシンを使ってライバルに対して差をつけようとなると、すさまじく細かい作業が必要になってくるのだという。 たとえば車高なら、「1mmの何分の1」レベルでの調整が必要になる。タイヤの管理で言えば予選に向けて少しでも暖めるために、その時間帯でもっとも陽の当たる場所を選んだりする。今回の富士で言えば1/100秒遅いと、その間にライバルが2台入ったりする。つまりその1/100秒を稼ぐためにとても細かい、地味で地道な作業がロジカルに行なわれている。タイヤを制するものが、レースを制するのだ。 ちなみに第6戦の予選は♯8 Kids com KCMG Elyse SF23の福住仁嶺選手がポールポジションを獲得し、決勝では予選7位の♯7 VANTELIN TOM'S SF23を駆る坪井翔選手がこれを制した。そして翌日の第7戦では、この勢いのまま坪井選手がポール・トゥ・ウインで2連勝を達成。鈴鹿2連戦を前にポイントリーダーとなった。この様子から見ても、トムスと坪井選手が富士におけるタイヤの特性をつかんでいたのは確かだろう。 また土曜日の予選ではチーム無限の2台が、明らかにライバルよりもゆっくりとしたペースでウォームアップを開始しながら、野尻智紀選手が1分21秒875で3位、岩佐歩夢選手が1分21秒946で4位を獲得していたのも印象的だった。そこには何か、特別なタイヤの暖め方や使い方があるのだろう。 何かとF1の“次のカテゴリー”として話題に上るスーパーフォーミュラだが、そのすごさは単なるコーナリングスピードの速さだけでは語れない。もし純粋な速さだけで目立とうとするならダウンフォースを8%ドロップさせてまでバトルを促す必要はないし、もっとグリップ力の高いソフトタイヤと、ミディアムタイヤを用意すれば良いだろう。 スーパーフォーミュラの魅力はF1の次に速いレースであると同時に、「究極のワンメイクレース」であることなのだ。その中で一番大きな要素となってレースを盛り上げているのが、横浜ゴムの作るスリックタイヤなのである。
Car Watch,山田弘樹