連載20年&400回超え! ホラー?ギャグ? 漫画『彼岸島』が向かう場所を作者・松本光司氏に聞く
また、明は後に「師匠」の修行を経て、人間離れした強さを持つようになる。巨体に怖い仮面というインパクトと、仮面の下は渋いイケメンのおじさんという師匠のキャラクターについては、こう話す。 「師匠のビジュアルは、一応いろんな日本のお面を見て考えました。 当時は師匠というと、ちっちゃくて頭が良い、『スター・ウォーズ』のヨーダみたいなパターンが多く、編集さんもそう考えていたようですが、僕はそっちではなく、大きくて強い、野獣のような男にしたかったんです。でっかい奴に明が怒られているほうが面白いと思ってました」 師匠もまた意外にお茶目だったり、ドジだったり、読めないキャラだが……。 「いろいろと書いていると不思議に思うのが、例えば何か作戦がある時、それを師匠が伝えるのとヘタレキャラが伝えるのでは、説得力が全然違うんですよ。 本当は僕が考えた計画なので、内容は全く一緒なのに、加藤が話すと何だか読んでて失敗しそうに感じるんです。それがちょっと面白くて、どれを誰に言わせよう? なんて考えます。師匠が無茶苦茶なことを言っているのに、納得できて成功して、逆に正論が失敗したりして、そういうキャラの説得力を使って楽しんでいるところはあります。 その結果を読者が総合して、面白く感じてくれているのならばありがたいですね」 ちなみに、松本氏自身が好きなキャラクターは? 「つまらない答えになってしまうけど、いつでもその時、感情を一番強く描いているキャラが一番好きなんです。入り込むから。 僕にとって漫画が面白くなるかどうかは、自分がノるかどうかがほぼ全てだと思っています。自分が何でノるかって、やってみないと分からないんですよね。 『これをやってみよう』『このキャラを離れさせてみよう』『人間の性欲を描いてみよう』みたいに、とりあえず未来の自分がノりそうな物を出したりして、食いついてノリノリになったら成功、といった感じでしょうか。なのでその時食いついているキャラが一番好きなんです。今は明と小春です」 ◆ホラー? ギャグ? その真相は… 『彼岸島』ではシリアスなシーンもグロテスクなシーンも、いつでもハイテンションで、時にはギャグに見えることもある。どこまで狙っているのかと聞くと……。 「ほとんど狙っていないんです。最近、Twitter(現X)で読者の皆さんの感想を見るようになって、『(みんなの受け止め方が)こんな感じなんだな』と気づいたことがいっぱいありました。 僕は長年続けてきて、せっかく描くなら、シーンも感情も誇張したほうが面白いなと思うようになりました。 例えば、『臭い!』と苦しむ場面があったら、かなり臭いほうが面白い。誇張したほうが、見たことのないシーンになるんですよ。漫画家としては、まだ誰も見たことのない物を書きたいですからね。 ただ、いろんなことを誇張しているうちに、ふと『これは冷静になったらすっごい間抜けだな』と思う瞬間もあります。でも、そうした思いを僕はあまり外に出す気もなく、一人で、一人遊びとして楽しんでいました。 だって、(『最後の47日間』の中で、大きな胸が8つある巨大な化け物、牛乳女が登場するくだり)人体よりも大きなおっぱいに主人公が抱きついて夢中で母乳を飲むというくだりが、主人公のピンチとして成立しているなんて僕は見たことない上に面白くてしょうがない。描いていて笑いが止まりませんでした。 今思い返しても最高に好きなシーンの一つです。でもそれを誰かに伝えるわけじゃなく、完全に一人遊びでした。まさか読者にも、同じメタ的な遊びを楽しむ人がいるなんて考えもしませんでした」 実は、笑いを取ろうとしていたわけではなく、作者がひっそり楽しんでいた思いと、読者の思いが重なっていたということらしい。 読む人によってはギャグ漫画に見えるのも、まさに20年超の長期連載で常に「見たことがないもの」を求めて、誇張し続けているため。つまり、どんどん面白くなり続け、どんどん進化し続けているのだった。 後編では、作者・松本光司氏の「原点」をお聞きします。 取材・文:田幸和歌子
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