復活した2人のポスト河村勇輝 日大4年米須玲音と筑波大3年岩下准平 大けが乗り越えた世代屈指のPG 【男子バスケ】
河村勇輝を「いつかたどり着きたい存在」
米プロバスケットボールNBAに挑戦中の河村勇輝(メンフィス・グリズリーズ、福岡第一高出身)に続くスター候補がこの秋、大けがからの復活を果たした。 ■河村勇輝を追い詰めた…2019年ウインターカップ準決勝の福岡第一vs東山【写真】 ともにポイントガードの米須玲音(日大4年・長崎県佐世保市出身)と岩下准平(筑波大3年・福岡大大濠高出身)。11月3日に幕を閉じた関東大学リーグ戦最終日で2人は直接対決し、日大が83―72で勝った。米須はアシスト王とMIPに、岩下は上位の東海大撃破などに貢献し、ともに〝ポスト河村勇輝〟を期待させる輝きを放った。 相手の守備の穴を正確に突くパスに観客が目を奪われる。米須は筑波大戦で11アシストをマーク。タイトルに花を添えた。「チームメートが決めてくれるからこその記録。感謝しかない。けが明けとしてはいい戦いができた」。充実感をにじませながら、4位で終えた22試合を振り返った。 京都・東山高3年だった2021年2月、B1川崎ブレイブサンダースへ特別指定選手として加入。日大入学後の同年12月にも特別指定選手として川崎でプレーしたが、22年1月に右肩を脱臼した。同年7月には右膝前十字靱帯(じんたい)を断裂。1年以上のブランクを経て3年秋のリーグ戦でコートに戻り、右肩にサポーターを着けながら16試合に途中出場したものの、残り3試合を残して再び右肩の違和感から手術、リハビリを強いられた。シーズンを完走できず自身初のアシスト王にも素直に喜べなかった。 大学生活の大半をリハビリで過ごしたが、体作りには手応えを感じている。「チームメートからも『太くなったね』と言われるようになりました。肩のリハビリ期間には下半身を鍛え、(膝の故障による)左右の筋力差もなくなりました」と声を弾ませた。 関東大学リーグでは全試合に先発し、平均22分出場。1試合平均4.8アシストを記録した一方で得点はそれを下回る同4.0点。1年時の同9.8点と比較すれば、最後の全日本大学選手権(インカレ)に向けた課題は明白だ。 「自分自身でセーブしていると感じている。ドライブに行きづらくなった。リーグ戦前半は点が取れなかったのですが、後半に入って積極的にシュートを狙うようにした。ジャンプシュートもまだ確率的に問題がある。自分が点を取れればチームも楽に勝てる」 最初の11試合は平均2.8点。後半11試合は5.1点に増えた。12月のインカレまでにさらなる向上を誓った。 筑波大戦では1学年下の岩下とマッチアップする場面も多く、大学バスケファンの注目を集めた。得点力の高い岩下を守りながら、留学生の守備の負担を減らそうとカバーも怠らなかった。岩下に対して「負けられないという風に感じながら臨みましたが、『やっぱりうまいな』と思いました。ボールを持たせてしまうと何でもできる選手。持たせないようにもっと圧をかけた方がよかった」と反省も忘れなかった。 岩下は米須とのマッチアップを「パスがめっちゃうまいガード。プレッシャーをかけて思うようなプレーをできないように心がけたんですけど、自由にやらせてしまった」と振り返った。アシストから3点シュートを量産され、主導権を握られたディフェンス面を反省したが、オフェンスでは米須との1対1からシュートを決めてみせた。 今秋は22試合中21試合に先発、1試合平均27分出場し、10.9得点。4.3リバウンド、2.6アシストを記録した。勝負強く、点を取りながら周囲も生かせる司令塔。「けが人が多い中で試合が続いたんですけど、チームが一つになって戦ううちにけが人も帰ってきてだんだんと戦えるチームになった」。リーグを制した日体大には2試合で計41得点。10月の対戦では敗れたものの、2点差の接戦を演じた。 岩下も大けがを乗り越えてコートに戻ってきた。高校2年時に左膝の前十字靱帯を断裂し、3年夏に復帰。福岡大大濠を28大会ぶりのウインターカップ制覇に導いた。筑波大入学後の2年春に同じ箇所を痛め、復帰まで1年以上を要した。「何もしたくない時期もあった」という。両親から「ここで終わるような人間、選手じゃない」と言葉をかけられ、踏みとどまれた。「言い返したりもしましたけど、おかげで反骨心が強くなった」。再びバスケットを楽しんでプレーできるようになった。 2021年には19歳以下の日本代表としてワールドカップも経験したポイントガードが見据えるのはやはりBリーグとA代表。2度目の復帰の原動力は周囲への感謝の気持ちだった。「いろんなわがままを言ってバスケットを続けさせてもらった。大学でも日本一になりたいし、プロになって恩返ししたいという気持ちがある」 世代屈指のガード2人にとって、縁が深いのが河村。米須は東山高2年時に1学年上の河村がいた福岡第一を追い詰めた。3年時にはウインターカップ準優勝。岩下は高校1年時にインターハイ予選で河村と対戦し、ウインターカップ決勝の舞台でも再戦している。 日本代表の司令塔、そして世界最高峰の舞台へと上り詰めた河村に対して、米須は「あの体格でNBAに行けると証明してくれた。今は本当に離れてしまって神様のような存在と思っている」。卒業後はBリーグでのプレーを希望。いずれは海外でのプレーも視野に入れる。「まだ自分も限界を感じていない。河村さんを目標としていれば成長できる」と背中を追う。岩下も「今は足元にも及ばないですけど、目指すべき憧れの存在。どんどんステップアップされていった。自分は大学界で自分より少し格上の相手を倒して、倒していかないと」と地に足を着けて成長を誓う。 2人は「いつかはたどり着きたい存在」と同じ言葉で河村を表現した。困難を乗り越えてたくましさを増した2人はまずは大学の頂点をインカレで争う。
西日本新聞社