ゆきずりの男女は極寒のアルプスを越えられるか!? 現実の難民問題を映すホワイト・サスペンスの佳品「ホワイト・サバイバル 越境者たち」
フィクションでは終わらない難民問題のリアル
この映画には様々な要素が盛り込まれている。まず、妻を亡くし喪失感に沈む中年男の再生の物語。ドゥニ・メノーシェ演じるサミュエルはスタローンやセガールのような無敵のヒーローではなく、言ってみればただのオジサンだ。普通の男が対峙する突然のサバイバルは、中高年世代の観客に勇気を与え、感動と共感をもたらすだろう。 一方、難民のチェレーを演じるザール・アミール・エブラヒミは、2008年にフランスに亡命したイラン出身の女優だ。今も女性への差別と弾圧が続く国からの亡命者ゆえに、彼女が演じるムスリム女性の決死の行動は、背後に女性差別への批判がありリアルで説得力がある。 舞台となるアルプスのイタリア・フランス国境は、現実に中東や北アフリカからの難民が越境のため通過するルートとして知られ、伊・仏警備当局の検問と拘束は年々厳しくなり、“狩り(hunting)”呼ばれ非難されている。チェレーが南フランスの山間の町ブリアンソンを目指すのは、現実にそこにボランティアが運営する難民保護のための避難所があるからだ。しかし当局の締めつけにより避難所の運営は困難に直面しているという。難民の拘束・強制送還の非人道性を訴えている本作を、アムネスティ・インターナショナルは後援している。過激な極右的な自警団の存在も、現地にある現実の一断面だろう。この物語はけっしてフィクションではないのだ。
フランス映画の豊かな才能たちによる演技と演出
心を病んだ中年男サミュエルがなぜ命の危険を冒してまでチェレーを救おうとするのか。その理由は映画の終盤にさり気なく、意外な形で示される。強く納得すると共に涙を禁じ得ない感動的な演出だ。そこから失われた者からのメッセージという隠れたテーマが浮かび上がる。ならば前半部にも意図があるのでは……?と、最初から見返せるのがDVDの利点といえるだろう。 フランス映画に主演作も多く、クエンティン・タランティーノ監督「イングロリアス・バスターズ」(09)をはじめハリウッド作品にも顔を出す名優メノーシェについては詳しく語るまでもないだろう。チェレーを好演するザーラ・アミール・エブラヒミは2022年「聖地には蜘蛛が巣を張る」で衝撃的に登場、同年のカンヌ映画祭女優賞を獲得した新進女優で、2025年には五輪参加したイランの女性柔道コーチを演じ、初監督もした「TATAMI」の日本公開が控えている。監督のギヨーム・ルヌソンは33歳の俊英で、4作の短編を完成させた後、初長編の本作でローマ・インデペンデント映画祭(RIFF)の最優秀外国映画賞を受賞した。今後の活躍が期待される才能である。こうした新鮮な才能が集結した「ホワイト・サバイバル 越境者たち」。映画ファンなら絶対観ておくべき作品だ。 文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社
「ホワイト・サバイバル 越境者たち」
●1月8日(水)レンタルリリース ●2022年/フランス/94分 ●監督・脚本:ギョーム・ルヌソン ●製作:ピエール=ルイ・ガノン 脚本:クレマン・ペニー 撮影:ピエール・マジス・ラヴァル ●出演:ドゥニ・メノーシュ、ザーラ・アミール・エブラヒミ、ヴィクトール・デュボア、オスカー・コップ、ルカ・テラッチャーノ、ギヨーム・ポティエ ●発売・販売元:プルーク © LES FILMS VELVET – BAXTER FILMS – BNP PARIBAS PICTURES – 2022