素顔の元寺尾と鶴竜独立が表すもの~見どころ満載の大相撲初場所
大相撲界の正月は初場所が終わってから、とよく言われる。実際に年末年始も稽古をはじめ事態が動きながら、1月14日に初場所初日を迎える。昨年12月17日に錣山親方(元関脇寺尾、本名・福薗好文さん)が60歳で亡くなるショッキングな出来事があった。気迫あふれる突っ張りで人気を博し、笑顔も素敵な相撲人だった。 元寺尾の弟弟子だった元横綱鶴竜が陸奥部屋から独立して部屋を興したのも昨年12月で、人柄がにじむバックグラウンドも見え隠れする。初場所ではその陸奥部屋に所属する大関霧島が綱とりに挑戦し、部屋の行方もクローズアップ。さまざまな糸が縦横に絡み合っている。
福薗好文に戻った日
錣山親方は〝井筒3兄弟〟の末っ子。甘いマスクに筋肉質な体格で、39歳まで現役を続けた。引退後は井筒部屋から独立し、東京都江東区に6階建ての部屋を創設。関脇経験者の阿炎や元小結豊真将(現立田川親方)らを育てた。日本相撲協会内では、所属していた時津風一門の枠を超えて貴乃花親方(元横綱)を支援し、2017年に一門を離脱した。翌年、相撲協会の副理事選挙で落選する不遇も経験。最近では本場所の木戸(入場口)担当で、チケットを切る際の親切な声がけや写真撮影への対応などでファンを喜ばせていた。 2015年ごろから持病の不整脈で本場所を休む状況が出てきた。2年前の九州場所で阿炎が幕内初優勝したときも休場。晩年は病魔との闘いで体の線も細くなっていた。入院中に「俺は何とか頑張って治療しています」とのメールをもらったが、早すぎる逝去だった。 ただ、3兄弟の末っ子としての立場に戻った際、明るい表情はやはり印象的だった。例えば2022年6月19日。実兄の元井筒親方(元関脇逆鉾)の長女、清香さんと十両志摩ノ海の挙式披露宴が開かれた。錣山親方は姪の晴れやかな場で終始、2019年に亡くなった兄の遺影を抱えていた。式の前に「今日は兄貴の代役だから」とうれしそうにウインク。 その言葉通り、式中は清香さんの父親代わりのように新郎新婦と一緒に各テーブルを回って挨拶していた。出席者の祝辞や余興などではことあるごとに遺影を高々と掲げ、天国の兄に祝福を届けている様子だった。 披露宴の2カ月前の4月16日、老朽化していた東京都墨田区の旧井筒部屋がマンションに建て替えられ、竣工式が催された。1階部分に将来、稽古場にできるようなスペース、2階には大部屋が確保された。上層部は一般住居用。式に駆け付けた錣山親方は「ここは母方の祖父母、両親、先代井筒や(先代夫人の)杏里さんも住み、これからは清香ちゃんや志摩ノ海も住んでくれてうれしい。1階も昔の部屋と全く同じ造りでびっくり」と感慨に浸った。建物の名称「T・Fフラット」の「T」は、母方の名字でもある「寺尾」に由来。井筒部屋で力士たちが鍛錬を積んだてっぽう柱も保管されている。通算出場1795回は史上4位。旅立ってもなお、「角界の鉄人」の存在感、息づかいは至るところで受け継がれていく。