【厩舎のカタチ】愛馬を育て〝愛弟子〟永島まなみを育てるということ ~高橋康之調教師~
背中で語ってくれた両親の教え
言葉を話せぬ馬、経済的負担も決して小さくない馬主、厩舎を支える一人ひとり、それぞれにとっての最善とは――。難題に対処しながら、馬とも人ともつながりを深化させようとし続ける師。 「それぞれの立場で何を求めているか、寄り添い考えることが大事」 その思いに至るルーツは、多岐にわたるサービス業を経験した両親。旅館、ディスコ、スナック…様々な業態を担った二人が、人との結びつきを深めていく姿を目の当たりにした。 特に印象的なのが、喫茶店を回す光景。休む暇がないほど常連がひっきりなしに訪れる様を、不思議に思う高橋少年。「普通の喫茶店なのに、どうして?」。特別なことはせずとも物腰が低く細かなところに目が届くゆえ、常連は常連であり続ける。その心配りからだと、大人になって分かった。両親がディスコのマスターを受け持った時もそう。20代前半の従業員は、世代ギャップもなく、皆が2人を慕いその距離はなかった。 レースに向けて「一部にとらわれて、大切な部分を見落とさないようにする」ことと、若手とも信頼関係を築くこと。両親の背中越しの教えが、厩舎のかじ取りと根の部分で重なっている。 高橋康之厩舎の進む先には、どんなカタチが見据えられているのか。 「考えてお互いに意見を交わしながら〝ああしたい、こうしたい〟を深め、もっと質の高いプロとして馬をつくれればいいですね。それが競走馬を育てる醍醐味でもあります」 成功も蹉跌(さてつ)も味わった若手とベテランが力を結集して最善を尽くし、少しでも能力を引き出す。それは今いる馬にも、これから入ってくる馬に対しても。〝先生〟に対する責務であり、恩返しでもある。 では、師匠として弟子の未来の姿はどうか――。 「僕は、先生(池江泰郎元調教師)に恩を受けながら、随分失礼なことをしたと思います。恩は僕に返さなくてもいいので、馬やこれから入ってくるスタッフやジョッキーにつなげていってほしい。経験、技術を伝える〝メッセンジャー〟になってほしいですね」 〝先生〟の薫陶を受けた教え子たちは、その恩を胸に刻み、万策を講じる。そして彼らがまた新たな道を切り開き、次代をつくる〝先生〟となる。 【プロフィール】 高橋康之(たかはし・やすゆき)1972年12月10日生まれ、和歌山県出身。92年に池江泰郎厩舎所属として騎手デビューし、JRA通算57勝を挙げ、2007年6月に引退。調教助手を経て2012年度調教師試験に合格し、14年に厩舎開業。22年の札幌2歳Sをドゥーラで制して初の重賞タイトルを手にした。JRA通算2575戦124勝(12月22日終了時点)。永島まなみ騎手は21年デビューから、同厩舎所属。
和田 慎司