「そこまで話すの?」小倉智昭を一番知っている“がん友達”の笠井信輔も驚いた「小倉本」の中身とは(レビュー)
■乱入してきた古市憲寿
小倉さんはスタジオでほんとに突拍子もないこと言うのでそれに対して、いちいち「いや、小倉さん、それはね」と言うのは、ほんとに大変であった。当時、お年寄りの視聴者に会うと「小倉さんと仲良くしてね」と口々に言われたものだ(笑)。 ところが、番組も10年たつと、当初は新鮮だった私と小倉さんのディベートも、1つの定番となり、番組は安定した展開をするようになった。 そこに乱入してきたのが、新進気鋭の社会学者、古市憲寿。祖父と孫ほど年の離れた、思ったことを全て口に出すコメンテーター。しかも世の中やテレビ局のヒエラルキーといったものを全く感じてないようで、45歳年上の小倉さんを“厄介なじいさん”扱いして、リスペクトもなにもないような形で、突っ込んだり、揶揄したりしていた。私も小倉さんも面食らった。 「古市くん、そこ?」。 ときには答えに窮して、「君の質問には答えない」なんて小倉さんはしゃべるのを拒否するなんてこともあった(笑)。 しかし、そんな古市さんが、小倉さんは大好きだったのだ。自分に物を言う人間が、私以外にも登場したこと。そして、何より古市さんの考え方が、乱暴だけども、非常に新鮮で面白かったから。それをどうスタジオで生かすかというのが、小倉さんの新たな仕事にもなった。
■小倉さん、そこまで話すの?
そんな古市さんが、「とくダネ!」同窓会の飲み会の席で「小倉さん、そんなに面白い話持ってるなら本にしましょうよ」と書籍化を持ちかけた。その現場に私もいた。 「小倉さんは書かないよ」と心の中では思っていたが新潮社の重役であるレギュラーコメンテーター中瀬ゆかりさんの力を得て、対談本と言う形で実現させたのだ。 がんこな側面を持つ小倉さんを動かすことができたのは、古市さんだったから。 そして驚いた。小倉さん、そこまで話すの? 私も相当小倉さんの過去エピソードは聞いている。人に話せないような話も聞いている。 ところが、この本に出てきているエピソードは、私がそこまで聞いてなかった! と言う話のオンパレードである。 面白くて仕方がなかった。 小倉さんが吃音であるということは有名である。なんで吃音なのにそんなにしゃべれるようになったのか? 古市さんは徹底的に聞いた。古市さんだから小倉さんは答えた。 そういうことだったのか! それは「克服するために何かをしたか」ということよりも「自分がどう生きたいか」と言う目標設定にあったのだ。 私と小倉さんは、同じ時期にがんなったがん友でもある.色々とお互いの闘病話もさせていただいた。しかし、詐欺に近いような治療法にも進んでしまっていた驚きのエピソードまでは聞けてなかった。