[麻布競馬場]ブランド服を捨ててユニクロを買ったらタワマン文学が生まれた話
タワマン文学の旗手と呼ばれる覆面作家の麻布競馬場さんが、「2024年暫定ベスト・ノンフィクション」に挙げたのは、当社刊のユニクロに関する本でした。しかもそこには、ユニクロが企業として面白いとか、ユニクロの服が快適だという以上の深い話がありました。(編集部より) 2024年はまだ終わっていないが、ノンフィクション本愛好家として今年の暫定ベストを挙げるとすれば『ユニクロ』(杉本貴司著、日本経済新聞出版刊)になるだろう。 沈みゆく炭鉱の町で生まれた個人商店から、世界にその名を轟(とどろ)かせる怪物企業へ……。そんな奇跡の語り手は柳井正社長だけではない。経営層から現場まで、あらゆる場所で汗と悔し涙を流してきたビジネスパーソンたちがそこに加わることで、「ビジネス版大河ドラマ」とでも呼ぶべき壮大で濃密な物語が展開される。 「お前、アメリカのビジネススクールなんかに行っていったい何を勉強してきたんだよ。カタカナ語だけ覚えて帰ってきたのか」 「26億円も損して、そんなに授業料を使って『お先に失礼します』ですか。そんなのないでしょ。お金を返してください」 「泳げない者は沈めばいい」 本書に登場するセリフをいくつか取り上げただけでも、きっと興味が湧くだろう。秋の読書にぜひ手に取ってほしい一冊だ。 ●「きちんとした服装で損することはないからね」 さて、僕はユニクロが大好きだ。「麻布競馬場」で検索してもらえれば、そこに出てくる取材写真で僕が着ている服のほぼ100%がユニクロ(それかGU)の商品であることが分かるだろう。 それには理由がある。僕はあるとき、それまではブランド品で揃(そろ)えていたクローゼットの中身を全部捨てて、代わりにユニクロの服だけを買うようになったのだ。 1991年、とある地方都市に僕は生まれた。銀行員の父は昭和型の仕事人間だった一方、専業主婦の母は今で言うところの「丁寧な暮らし」をこよなく愛する人だった。アレッシィの雑貨とスガハラの花瓶で部屋を飾り、おやつの時間にはスナック菓子ではなくオーブンで焼いたパンやクッキーを出す彼女は、もちろんファッションにも注力していた。フレンチシックスタイルがお気に入りのようで、服は決まって某ブランドのもの。地元のデパートでも取り扱いがあるにもかかわらず、彼女はわざわざ東京・青山にある本店に通ってはそのブランドの服を大量に買い込んでいた。僕も同じブランドの服をたくさん買い与えられ、やや年齢不相応な感じのするフレンチシックスタイルで親戚の集まりや外食に出かけていた。 「きちんとした服装で損することはないからね」 母の口癖だった。それは別に、息子を何かに縛り付けてやろう、という意地悪な意図によるのではなく、息子が不当に低く評価されることのないように、という純粋な善意による発言だったのだろう。とにかくその言葉は、実家で過ごした18年間で僕の価値観にじっとりと浸透していった。