東京都美術館『ノスタルジア ―記憶のなかの景色』レポート 8名のアーティストの作品に見出す「懐かしさ」の理由
毎年、東京都美術館で開催されている、公募展で活躍する優れた作家を紹介する「上野アーティストプロジェクト」。シリーズ8回目となる展覧会『ノスタルジア ―記憶のなかの景色』が11月16日(土)に開幕。2025年1月8日(水)まで、同館ギャラリーA、Cで開催されている。内覧会で取材した学芸員や作家の言葉を交えて展覧会の様子をレポートしたい。 【全ての写真】東京都美術館『ノスタルジア ―記憶のなかの景色』展示風景より 英語で「郷愁」を意味する「ノスタルジア」とはもともとギリシャ語の」「ノストス(家に帰ること)」と「アルゴス(痛み)」の合成語で、故郷へ帰りたいが決して戻れない心の痛みのことを示す。「そうした懐かしさ、喜び、痛みなどがない混ぜになった複合的な感情や情景が感じられる作品を生み出す8人のアーティストを選びました」と同展を担当した学芸員の山村仁志は語る。 展示は「街と風景」「子ども」「道」の3章で構成。まず第1章「街と風景」は、川や海、郊外など空間が広く深い景色を描く、二紀会の阿部達也の油彩画から始まる。「現地に赴いて撮影した写真をもとに、鑑賞者が自らの記憶を引き寄せて見ることができるよう、できるだけ私的な感情を挟まずに描いている」という。千葉県館山市、東日本大震災後に足を運んだ福島県いわき市折戸岸浦、青森県夏泊半島などぽっかりとした風景が心に残る。 また、2022年に日本版画協会第89回版画展日本版画協会賞を受賞した南澤愛美は、釣り堀や夜の公園、遊園地などを描く。登場するのは人物かと思いきや動物だ。「今起きている出来事を、自身の手を動かして記録しておきたい」という思いが、水面の波紋や光の揺らめきにも現れている。 第2章「子ども」は、日本美術院の芝康弘から始まる。我が子や実際の子どもたちをモデルに、岩絵具の粒子を削り出し、柔らかい諧調で描いている。田んぼのおたまじゃくしに見入る少年たち、馬を撫でる少女などにあたたかな光が差す。懐かしくもあり現代的でもある日本画だ。 続いて、創画会の宮いつきは、遊ぶ子どもやもの思いにふける女性などを美しい色面構成で描いている。日本画の特徴である「装飾」を画面に取り入れた、内と外の境界が入り混じるような背景が物語を想像させる。宮は「絵と詩は表現したいものが一緒で分けられない、一卵性双生児のようなもの。ノスタルジアとは、表現の原点でもあるのではないか」と語る。 最後の第3章「道」にはふたりの物故作家が紹介されている。まずは、1916年日本の統治時代の朝鮮の大邱(テグ)に生まれ、2021年に105歳で没した入江一子。1949年、女流画家協会に創立会員として参加。1969年にシルクロードへ写生旅行に行って以降、2000年までに30か国以上を訪れ、風景や人々の暮らしを描くことをライフワークとした。もう一人は、2022年に83歳で没した久野和洋だ。ヨーロッパ古典絵画を研究し、重厚なマチエールに裏付けられた深みのある空間を創出した《地の風景》シリーズなどを展示している。 また、一水会の玉虫良次は、絵巻のような絵画を展開。昭和の情景を再構成し、現代社会の違和感と重ねながら独自の油彩画を描いている。建物や車内にひしめく人々の光景を目で追うと、画面のつなぎ目にブリューゲルに想を得たという絵が描かれており、多層的な構成が目を引く。 ベラルーシ生まれの近藤オリガは2007年に来日以降、日本を拠点とし、新制作協会で発表。家族や故国の自然、花、果物などをモチーフに、乳白色の諧調と柔らかい光による幻想的な絵画を生み出している。8人のアーティスト全員が「ノスタルジア」をテーマとして制作しているというわけではないが、 記憶にまつわるこの複雑な感情が生み出すアートについて考えさせられる。 また、同時開催されている『懐かしさの系譜―大正から現代まで 東京都コレクションより』もお見逃しなく。東京都江戸東京博物館、東京都現代美術館、東京都写真美術館と連携し、川瀬巴水、土門拳、鴫剛、高梨豊、ホンマタカシなどの作品を展示。なかでも中原實が、詩人の北園克衛に贈ったという絵画《ノスタルジア》が謎めいている。また、打ち捨てられたような風景に眼差しを向けた清野賀子の写真群が、まさに言葉にしがたい複層的な感情を呼び起こす。鑑賞者の記憶や思いとも交差する、それぞれの「ノスタルジア」に浸りたい。 取材・文・撮影:白坂由里 <公演情報> 『上野アーティストプロジェクト2024「ノスタルジア ―記憶のなかの景色」』 2024年11月16日(土)~2025年1月8日(水)、東京都美術館にて開催 ※『懐かしさの系譜―大正から現代まで 東京都コレクションより』を同時開催