TPP離脱宣言 トランプはアメリカを再び「偉大な国」にできるか
アメリカ次期大統領のドナルド・トランプ氏は選挙中からTPP(環太平洋経済連携協定)反対を掲げてきました。アメリカとTPPは今後どうなっていくのか。ここではTPPと現在のアメリカについて2回に分けて論考。前編はアメリカのTPP懐疑論について、後編の今回はトランプ氏のTPP離脱発言について、アメリカ政治に詳しい成蹊大学の西山隆行教授に寄稿してもらいました。 【写真】自由貿易を推進するアメリカでなぜTPP懐疑論が出るのか(前編)
◇ 2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが勝利したことにより、バラク・オバマ大統領の政治的業績(レガシー)が危機に瀕しています。 トランプは11月21日、就任後100日間の優先事項を説明する動画メッセージで、日米などが署名したTPP(環太平洋経済連携協定)から大統領への就任初日に離脱する考えを明らかにしました。トランプはTPPの代わりに、雇用と産業をアメリカに取り戻すことができるよう、公平な二国間貿易協定の交渉を進めていくと発言しています。 TPPは、先日紹介したオバマ・ケアと同様に、オバマ政権の重要な業績だと考えられます。TPPの行方はどうなるのでしょうか。
実現の可能性を残そうとしたクリントン
自由貿易に対する疑念がアメリカ国内で強まっている状況下で、2016年の大統領選挙は戦われました。民主党のクリントンは、もともとはオバマ政権の国務長官としてTPPを推進する立場にあったにもかかわらず、自由貿易反対を主張するサンダースの支持者の賛同を得る必要から、TPPに批判的な立場をとるようになりました。 しかし、クリントンは選挙綱領では「TPP廃止」を明言していません。選挙綱領で示された立場は「雇用、賃金上昇、アメリカの安全保障に資することのない貿易協定に反対する。TPPにもその原則を適用する」というものでした。言い換えるならば、TPPが雇用、賃金上昇、安全保障のいずれかに資するということができればTPPを容認できる道を残そうとしたのです。TPP推進派のケインを副大統領候補に指名したことも、クリントンが実はTPPに積極的であることを例証していると思います。 この背景には、共和党支持者(特にティーパーティ派)の中では自由貿易協定に批判的な人が増えている一方で、2010年以降、民主党支持者の間で、実は自由貿易協定に賛同する人が増えているということがあります。前回の記事で、アメリカでは自由貿易に対する懐疑が以前と比べると強くなっていると指摘しましたが、実は短いタームで見るならば、オバマ政権の二期目に入って以降、自由貿易がアメリカに機会をもたらすと考える人の割合は上昇しているのです。この傾向を考えると、クリントンがTPP実現の可能性を残そうとしたのは理にかなっているといえます。 それに対し、トランプはTPPに「絶対反対」の立場を示してきました。トランプは、白人労働者階級から強い支持を得てきましたが、オハイオ州やミシガン州など中西部の旧工業地帯のようないわゆる「フロスト・ベルト」と呼ばれる地域では、製造業の衰退に伴い失業、あるいは賃金を低下させられた白人労働者が多かったことから、TPP反対という主張は強く支持されたのです。トランプが大統領選挙の一般投票で獲得した票数がヒラリーのそれよりも少ない以上、自らの中核的支持者である白人労働者階級を満足させることは重要になります。TPPからの離脱というトランプの主張を覆すのは非常に難しいでしょう。