いじめっ子を押入れにいる、形も声もない影「ナイナイ」に会わせたら…書評家が春にオススメする7冊(レビュー)
奇想天外なホームズ・パスティーシュをもうひとつ。高殿円『シャーリー・ホームズとジョー・ワトソンの醜聞』(早川書房)は、現代のイギリスを舞台に男女逆転させたホームズ・パスティーシュのシリーズ第三弾だ。ある日、ワトソンがベイカー街の下宿に帰るとなぜかホームズが慌てている。なんとワトソンは九ヶ月前に結婚してこの下宿を出ていったというのだ。だが当のワトソンにはそんな記憶はない。しかし確かに彼女の記憶は九ヶ月分飛んでいた。 そこに現れた依頼人は、かつての恋人であるアンドリュー・アドラーから脅迫を受けているという。〈クラブ・ボヘミア〉のオーナーである依頼人には記憶の欠落があり、どうもそれがワトソンのケースと似ているようで──。 正典「ボヘミアの醜聞」を下敷きにしたパスティーシュである。半電脳探偵であるシャーリー・ホームズが妨害電波のため電脳が使えない場所に潜入するというのがポイント。しかもそこでホームズが結婚することになるというとんでもない展開が待っている。頭脳戦ありアクションありで飽きさせない。 この二作はいずれもオリジナルを読んでいると「これはあれのパロディだな」というのがわかって楽しいが、未読でも問題なく楽しめる。そのあとでオリジナルを読めば「これか!」というのがわかって二度美味しい。
現実離れしたエンタメといえば、読み始めたら止まらず一気読みしてしまったのが尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』(KADOKAWA)だ。物語の始まりは、クラスの女王さまに目をつけられていじめられている小学生の少女の話。ひかり、というその少女の部屋の押入れには「ナイナイ」と彼女が呼ぶ形も声もない何かがいる。そしてひかりをいじめている女王さまにそのナイナイを会わせると、なぜか翌日からひかりはクラスの人気者になってしまう。この変化は何かおかしいぞ? 次の章は場面が変わる。霊能者のところに母子心中事件の原因が知りたいという依頼が持ち込まれたのだが、霊能者は自分の手に負えないと一旦は断る。しかしその出来事がひかりの一件と結びついて……。 ホラーではあるが、怪談などの怖い話は苦手という人も本書は大丈夫。物語はむしろゴーストバスターズものに近く、ふたつのパートが少しずつ結びついていくミステリ的興味と、霊能者の青年とそのボディガードの軽妙なやりとりの面白さで牽引される。特に、あるものの正体がわかったときには「そういうことか!」と仰け反った。そうやって楽しませる一方で、人の執着が招くものの怖さと悲しさが少しずつ浮かび上がるのだ。いやあ、これはぜひシリーズで読みたい。