右派政党が過激な「反イスラム」選挙ポスター ドイツ揺るがす難民問題
世論を変えたケルン駅前の集団性的暴行事件
ドイツが移民大国であることはデータでも証明されている。国連が2015年に発表した各国の移民の数に関する調査結果によると、ドイツには現在900万人以上の移民が暮らしており、国民全体の約12%がドイツ国外にルーツを持つとされている。これには難民としてドイツにやってきた人たちも含まれているが、ドイツよりも多い移民を抱える国はアメリカとロシアだけだ。ドイツは他のヨーロッパ諸国よりも移民や難民の受け入れに寛容的な政策を進めてきたが、それに反発するドイツ人も少なくない。
ドイツ東部ドレスデンで20年にわたって難民支援を行い、難民がドイツ社会に溶け込むための手助けをしてきた団体でディレクターをつとめるマーカス・デゲンコルブ氏は、難民に対する風当たりが昨年1月ごろから変わり始めたと語る。 「難民の大量受け入れが始まった頃、ドイツ国内にはヨーロッパで模範的な振る舞いを自ら実践すべきという思いから、多くの自治体で難民の受け入れが積極的に行われました。難民の受け入れ数は行政側が機械的に決めていくのですが、人口数百人の高齢者ばかりが暮らすエリアに(住民と)ほぼ同数の難民を住まわせるケースなどもあり、まず小さな村や町から悲鳴が上がりました。私は経験上、一定の期間があれば、高い確率で難民はドイツ社会に適応していくことを知っていますが、同じことを小さな町の高齢者に求めるのは酷な話です。様々なバックグラウンドを持つ人が暮らす大都市周辺の方が、結果的にはよかったのではないかと思います。小さな町を中心に、多くの難民と一緒に生活していくのは難しいといった声が2015年には上がるようになっていました」
2015年の時点で難民に対する風向きに変化が生じていたが、決定打となったのがその年の大晦日に発生した前代未聞の性的暴行事件であった。デゲンコルブ氏が事件を回想する。 「2015年の大晦日にケルンで発生した、集団性的暴行事件です。事件そのものも非常にショッキングなものでしたが、容疑者に難民申請者が含まれていたことや、多くの大手メディアが事件について触れるまで数日を要したことで、メルケル政権の難民政策を守るためにメディアが配慮を見せたのではという見方が強まったのです。ちょうど、この頃はここドレスデンを拠点とする極右組織のペギーダへの支持がピークを迎えていたころで、集会に2万人近くが集まるペギーダにとっても、難民排斥の新たな口実を手に入れる結果となったのです」 事件について説明しておこう。2015年12月31日の夜、ドイツ西部のケルン中央駅の広場は鉄道の利用者や新年を祝うために集まった多くの人で混雑していた。日本人観光客の間でも人気スポットとなっているケルン大聖堂と中央駅に挟まれる形で広場があるのだが、広場に集まっていた男性グループが広場を歩く女性やカップルに爆竹を投げつけたり、女性を取り囲んで体を触ったり、携帯電話や財布を奪う事件が相次いで発生した。広場には20人ほどの男性グループが多数存在し、広場を歩いていた女性の衣服をはぎ取ったり、周囲に多くの人がいる中で性的暴行に及ぶグループまで出てきた。被害者の中には女性の私服警察官や、その日にたまたまケルンを訪れていた外国人観光客らも含まれており、のちにケルンだけで被害届が1600件を突破している。このうち500件強が性犯罪被害に関するもので、22件はレイプであった。 大晦日の集団性的暴行事件は、ケルンからそれほど離れていないデユッセルドルフやドルトムントでも発生したが、最も多くの被害が報告されたケルンでは1000人以上が犯行に関与したと考えられている。ケルン中央駅前で事件が発生してから間もなくして、地元警察と連邦警察は約150人の警察官を現場に向かわせ、事態の収拾を試みたが、容疑者と被害者の数が想像以上に多く、あまりにも混沌とした状態であったために、ほぼ何もできない状態であった。現場にいた市民らの目撃証言によって、容疑者の大半はアラブ系と北アフリカ系の若者であったという話がソーシャルメディアを中心に拡散され、警察当局は難民申請者を含む100名近くを拘束したが、実際に立件できたのはわずか数件足らずであった。また、事件現場ではアラブ系のグループに助けられたという話も存在し、南ドイツ新聞は2016年1月17日付の記事で、「シリア人の男性グループが盾になって守ってくれ、友人のもとまで送り届けてくれました」というアメリカ人女性旅行者の証言を伝えている。 ドイツ国内の大手メディアが事件について本格的に報じ始めたのが2016年1月5日。事件発生から約5日後のことであった。それまでにケルン市内では数百人の市民らが集まり、性暴力に反対する集会を開催していたにもかかわらずだ。ドイツの公共放送ZDFはケルン事件の報道が遅れたことについて、「報道するだけの材料がそろっていたにもかかわらず、タイミングが大幅に遅れてしまったことを謝罪する」との声明を発表している。しかし、市民の間では「国内の主要メディアは難民受け入れ策を主導するメルケル政権に配慮して、難民申請者が犯行に加担した可能性のあるケルン事件を黙殺しようとしたのではないか」という疑念が発生。2015年はドイツが受け入れた難民の数がピークに達した年であり、80万人以上がドイツで難民申請を行っている。