「キャリアの前半は花咲舞、後半は半沢直樹」三井住友銀行の元専務が語る“修羅場”の重要性
「花咲舞」シリーズや「半沢直樹」シリーズなど、池井戸作品では銀行が舞台となることが多く、熱心なファンの中には金融業界で働く人も多い。金融業界関係者は、作品のどのようなところにひかれているのか。三井住友銀行で37年のキャリアを積んだ元専務執行役員の沢田渉氏に、作品の魅力について語ってもらった。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男) 【この記事の画像を見る】 ● 「花咲舞」時代と「半沢直樹」時代 交互に訪れる激動のキャリア バブル絶頂期の1986年に旧住友銀行に入行し、総務や融資、審査部門を渡り歩いた元専務執行役員の沢田渉氏。23年4月に独立するまで、銀行内部の酸いも甘いも経験したバンカーだ。 沢田氏は、「花咲舞」時代と「半沢直樹」時代が交互に訪れる激動のキャリアを歩んだ。20代と40代前半、50代前半に在籍した総務部は、いわゆる「花咲舞」時代。さまざまなトラブルシューティングを担ったほか、コーポレートガバナンスやコンプライアンスの体制整備に取り組んだ。 そして30代と40代半ば以降、50代半ば以降は「半沢直樹」時代だ。不良債権処理や親密大企業の再建支援など、バブル崩壊の修羅場を最前線で経験した。 リアルな銀行実務を知る沢田氏だが、池井戸作品を読むと当時のことを思い出し、冷や汗や緊張感がよみがえると話す。それによって池井戸作品の世界に引き込まれ、没頭してしまうという。 次ページで沢田氏に、そんな池井戸作品の魅力を語ってもらった。
● 危機から逃げずに自ら判断 全組織人が共感する「個の力」 ――三井住友銀行で37年のキャリアを積まれた沢田さんは、作品のどのようなところに共感していますか。 私のキャリアの前半はバブル崩壊後の混迷期に「花咲舞」のような危機管理対応部署でさまざまなトラブルシューティング、後半は「半沢直樹」のように親密大企業の再建支援や不良債権問題への対処、退職前はコーポレートガバナンスやコンプライアンスの体制整備に従事しました。 「花咲舞」時代には、総会屋事件などの経営リスクに直結し得る特殊事案、阪神・淡路大震災などの突発的な事案に次々に見舞われ、対応に追われていました。 そうした経験から実感するのは、危機管理や有事対応の際は、組織や上司の判断や考えに頼り過ぎてしまうと、失敗する公算が大きいということです。組織の論理に引きずられて、上司らの指示通りに唯々諾々と事を進めていくと対応を誤る。トラブルや事件は現場で起きています。その現場から逃げずに向き合い、現場で得た情報を基に、苦しみながら判断するしかない。 組織で仕事をする以上、組織の方針に従うべきだし、ルールや手順もある。ですが、半沢直樹と花咲舞は、そればかりではなく自らの判断軸を持ち、組織の方針に頼り切っていない。「こうあるべし」という考えに基づいて行動します。そこでの個の力強さに共感します。 ――なかなか現実には花咲舞や半沢直樹のような人物はいませんか。 トラブルシューティングでは、現場と事実に向き合い、目で見て、頭で考えて、自ら動くことが大事です。ただし、組織人である以上、独りよがりではだめで、定められたルールの中で全体最適の視点で何が正しいかを見極め、その具現化に向けて、組織を動かしていくスキルも必要です。 そうした総合力を持つ一騎当千の人材は、修羅場をくぐった経験も不可欠です。ここ数年、金融業界はかつての不良債権処理に苦しんでいた時代と違い、平和な時代が続いていますので、そういう人材はなかなか出てこないのかもしれません。 ――一方で、小説で描かれるシーンは、リアリティーを感じることもあるのでしょうか。 私は金融庁検査の場面が多く描かれている『オレたち花のバブル組』がお気に入りです。2001年4月から、私は融資第三部で不良債権問題に、中心となって対応していました。そのとき、実際に同じような場面を経験しています。 当時、旧UFJ銀行が検査忌避で行政処分を受けるなど、多くの銀行が厳しい状況に立たされていました。当時の緊張感が思い出されますね。 ――実際にはできないと分かっていても、半沢直樹や花咲舞に自身を投影してしまう銀行員が多いようです。 組織で働く個人が、大小にかかわらず直面し得る苦しさや葛藤が描かれているからだと思います。 本来こうあるべきだけれど、さまざまなハードルがあって、どうしても実現できない。そんなもどかしい状況に接している人が多いのではないでしょうか。 そこで、半沢直樹みたいにたんかは切れなくても、行動力と政治力を駆使して、組織を正していくという、多くの人が本当はやりたい処し方を見せてくれています。その小気味よさが、銀行だけではなく、あらゆる組織で働く人全てを惹(ひ)きつけるのだと思います。
ダイヤモンド編集部/片田江康男