「ルート再検討は当然」 京大名誉教授・富大特別研究教授 北陸新幹線延伸半年 どうなる「敦賀以西」
北陸新幹線の「小浜ルート」を巡り、工期・事業費とも従来想定より大幅に増大した試算が国から示され、「米原ルート」を含めて再考するよう求める声が強まっている。与党整備委員会の西田昌司委員長は「米原はあり得ない」と言い切る一方、京大名誉教授の中川大氏は「再検討するのが当然」と強調する。小浜ルートで大きな影響を受けかねない京都市の松井孝治市長のインタビュー(京都新聞社提供)も合わせ、どの選択肢が最適か多角的に検証した。 ●事業費、工期、分離駅案…前提が大きく変化 米原含め、冷静に議論を 交通政策を専門とする京大名誉教授・富大特別研究教授の中川大氏は、与党が決定した北陸新幹線の小浜ルートに関し、「前提条件が大きく変わった以上、米原ルートなども含め、改めて検討し直すのが当然だ」と指摘する。 中川氏が「前提条件が大きく変わった」と言うのは、まず「事業費」と「工期」のことだ。 敦賀―小浜―京都―新大阪を結ぶ小浜ルートは当初、事業費約2兆1千億円・工期15年とされていたが、8月7日に開かれた与党整備委の会合で事業費は最大約5兆3千億円、工期は最長28年と示された。 さらに会合で示された小浜ルートの詳細3案の中にJR京都駅から西に約5キロ離れた桂川駅付近に北陸新幹線の京都新駅を整備する案が含まれていた。 ●難しい京都駅直結 中川氏は小浜ルート3案のうち、現京都駅から離れて整備する「桂川案」は利便性が劣ると説明。「小浜ルートは現京都駅を通るから賛同を得られた。通らないのであれば新ルート案と考えるべきだ」と強調する。その上で「分離駅案が出てくるということは、京都駅直結ルートが極めて難しいことを改めて示したものだと考える必要がある」と指摘する。 事業費の倍増、工期の大幅延長に加え、分離駅案まで浮上した。そのように「前提条件」が激変した中、小浜も米原も含め、考えられるルートを全て議論の俎上(そじょう)に載せ、冷静に検討する必要があるというのだ。 7日の会合では石川県選出の岡田直樹参院議員が、7月の北陸新幹線建設促進石川県民会議で、小浜ルートだけでなく米原ルートも含めて再検討するよう国に求める決議が採択されたことを説明した。 しかし、会合では米原ルートが検討されることはなかった。会合後、与党整備委の西田昌司委員長(参院京都府選挙区)は記者団に「われわれとしては敦賀―小浜―京都―大阪で決まっている。一日も早く、このルートで完成させるべく議論していく」との姿勢を改めて示した。 これについて中川氏は、次のように指摘する。 「しかるべき多くの人たちが根拠を持って推しているルートを、前提条件が大きく変わったにもかかわらず再検討しないのは、民主的な意思決定ルールに反するのではないか」 中川氏は、与党整備委の議論の進め方に疑問を投げかける。 「今回、事業費が大幅に上振れする想定が示されたにもかかわらず、与党整備委は『もう決まったことだから』と、そのまま進めようとしている。だが、国民は5兆円ものお金を北陸新幹線だけに投じていいと無条件に考えているわけではない。あらゆる可能性を検討した結果、それが最適であると示さなければ、国民の理解は得られない」 ●リニアとの関係考慮を 中川氏が北陸新幹線の敦賀以西の議論について不可欠と強調するのは「東京と大阪を結ぶリニア中央新幹線の開業時期との関係を考慮すること」だ。 小浜ルートを推す人の中には「東京―大阪を二重に結ぶこと」が重要との主張があるが、リニア中央新幹線は「2037年」に大阪まで開業することを目標としており、これが開業すれば、米原ルートであっても、東京―大阪は北陸・東海道新幹線とリニア中央新幹線で二重に結ばれる。 一方、小浜ルートの場合は2026年に着工したとしても、工期が25年とすれば、全線開業は早くて「2051年」だ。リニアの大阪開業が10年遅れたとしても、リニアの方が早く開業する。 「リニアが開業すれば東京―大阪の二重化は基本的に実現し、東海道新幹線のダイヤが『過密』で北陸新幹線が乗り入れできないとする指摘も根拠を失う。与党整備委は、リニアの大阪開業が何年になると想定して議論しているのか説明する必要がある」 東海道新幹線のダイヤが「過密」なのは確かだが、現状でも「ダイヤの工夫」で北陸新幹線が米原から乗り入れる余地は確保できるという。リニア開業で東京―大阪が二重化されれば、乗り入れの余地はさらに増すというわけだ。 JR西と東が共同で走らせる北陸新幹線と、JR東海の東海道新幹線では運行システムなどが異なるが、その点も十分に解消可能だという。「そのために時間とコストはかかるが、25年・5兆円に比べれば、はるかに短くて安い」 中川氏が強調するのは、不明朗な決定プロセスでは国民の納得は得られず、結局、開業までの道のりを長くしてしまうということだ。「議論が尽くされ、国民が納得すれば、小浜ルートでも米原ルートでもいい。だが、与党整備委は米原を排除し、小浜に固執して、誠実な議論を果たしていない」 中川氏は、与党整備委が費用便益比(B/C)について、ルートを一つに絞った後に計算する姿勢を示していることも疑問視する。「B/Cの使い方として正しくない」。B/Cとは、想定される複数のルートについて、それぞれ算出し、どのルートが良いか比較検討するためのものだ。 さらに中川氏は「京都は公共事業が進みにくい土地柄であることは誰もが知っており、そこをあえて選ぶのであれば、工期が長引くことに責任を持つ必要がある」と指摘する。「発表された工期は、工事が問題なく進んだ時の『最短』の工期だと考えるべきであり、それより長くなるリスクも大きい。京都を通るルートに懸念を示す人たちは、そのことを冷静に判断しておられるのだと思う」 ●小浜への配慮は必要 中川氏は、小浜ルートを期待する小浜市や若狭地方の住民への配慮も必要だと語り、一つの考え方を口にした。「小浜までは着工し、小浜方面に向かう新幹線の支線として活用するのはどうか」 小浜ルートの整備でハードルとなるのは小浜―京都―新大阪。この区間は大半が地下を走るため難工事も予想され、建設残土処理の問題や地下水など環境への悪影響が懸念される。 一方、米原ルートは1973年に国が基本計画に定めた「北陸・中京新幹線」のルートにあたる。 中川氏は、北陸新幹線の敦賀―小浜間に加え、北陸・中京新幹線の敦賀―米原間を整備しても、敦賀―小浜―京都―新大阪と結ぶ小浜ルートより、はるかに安く済むとの見方を示す。敦賀―小浜を結ぶ支線は、将来的に日本海側を結ぶ動脈「日本海縦貫新幹線」の一部にもなり得るという。 「全国を二重の路線で結ぶのが重要とするなら、こうした考え方もある。小浜―京都―新大阪に何兆円も使うよりも有効なお金の使い方はあり得る」と中川氏は指摘した。 ★なかがわ・だい 1956年、京都市生まれ。小学校から高校まで富山県朝日町で暮らす。京大大学院工学研究科交通土木工学専攻修了。建設省・国土庁・東京工大を経て、京大教授、富大副学長。2022年から現職。工学博士。専門は交通政策、交通計画。富山ライトレールなど各地の地域公共交通の再生・活性化事業に参画。 ■小浜ルートと米原ルート 2016年12月、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームは北陸新幹線の敦賀―新大阪間について「小浜ルート」の採用を決定した。 国土交通省の試算では、小浜ルートが事業費約2兆1千億円・工期15年、米原ルートが事業費約5900億円・工期10年だった。 今年8月7日、国交省は小浜ルートの詳細3案を示した。京都駅周辺でルートや駅の位置が異なり、工期は最長28年。物価上昇も考慮した場合、事業費は最大5.3兆円で、従来の想定を大幅に上回る。 従来の国交省試算によると、金沢―新大阪の所要時間は小浜ルート1時間19分なのに対し、米原で東海道新幹線に乗り換える想定の米原ルートは1時間41分だ。 ただし、鉄道の専門家からは「北陸新幹線から東海道新幹線への直接乗り入れは可能」との指摘が出ている。北陸新幹線から東海道新幹線に直通運転すれば、金沢―新大阪の所要時間は試算より短縮される。