火炭を食らうヒクイドリ 盛りすぎ御免のかわら版が庶民娯楽をプロデュース
普通の動物を大袈裟に宣伝
動物の見世物における花形は、やはり「日本には生息しない動物」だった。しかし、それらを入手するのは容易ではない。外国船がいつも珍しい動物を運んできてくれるわけではないし、運んできてくれたとしても、その価格は尋常ではなかった。 だから、見世物に動物を用いるにしても、その大半は「日本に生息している動物」だった。例えば、次に掲載するかわら版を見てもらいたい。
実に荒い刷りだが、右に勇ましく刀を振るう男性、左に長い毛に包まれた動物が描かれている。この謎の動物は、鋭い爪を使って、樹上を移動しているようだ。大きな目は、刀を手にした男性をきつく睨んでいる。 記事は、次のように始められている。 右胴体ハ猿の如し 大キさ一尺五寸 尾の長サ二尺 猿のような胴体を持ち、体長が1尺5寸=約45センチメートル、尾の長さが2尺=約60センチメートル。このような特徴を持つ、絵のような動物とは何だろうか。言うまでもない、これは間違いなく「ムササビ」だ。 ムササビは、古来日本で暮らしている生き物である。それにもかかわらず、なぜこのような動物が見世物となったのか、疑問に思う向きもあるだろう。その答えは実に簡単である。江戸時代でも、人口の多い都会で暮らしていた人々は、ムササビに遭遇する機会がほとんどなかったからである。 現代ならば、見たことのない動物の情報も、テレビや本、あるいはネットで容易に得ることができるだろう。しかし、江戸時代はそうではなかった。人々が知っているのは、多くの場合、実際に目にしたことのある動物だけだったのである。だから、日本に生息していても、人間の住む町にほとんど近付くことのないムササビやアザラシ、オオサンショウウオなどは、見世物として十分に活用可能だった。 ごく普通の動物であっても、先ほどのようなかわら版によって「異形の存在」感が高まり、人々は好奇心を刺激される。今風に言えば、「広報係」として、あるいは、ある意味で「演出家」として、かわら版屋は見世物という庶民文化にも大きく寄与したのである。 (大阪学院大学 経済学部 准教授 森田健司)