上田慎一郎監督が目撃した内野聖陽の“すごみ”と岡田将生の“存在感”。『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』撮影秘話
『カメラを止めるな!』から7年、上田慎一郎監督が満を持して世に放った痛快クライムエンタテインメントムービー『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』が、公開中だ。マ・ドンソク主演の韓国ドラマ「元カレは天才詐欺師~38師機動隊~」を原作に、裏の裏の裏まで先を読んでもなおダマされるという、“上田節”を存分にきかせた作劇に、ハマる人が続出。動画配信サービスLeminoでは、その前日譚に当たる連続ドラマ「アングリースクワッド EPISODE ZERO」も配信中で、併せて観るとさらに楽しめるつくりとなっている。 【写真を見る】内野聖陽、岡田将生らはじける笑顔!『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』オールキャストが撮影現場で記念撮影 MOVIE WALKER PRESSは、上田慎一郎監督のインタビューを実施。“神は細部に宿る”ディテールにフォーカスしつつ、主演の内野聖陽や岡田将生にまつわるエピソード、そして映画に込めた想いまでをつぶさに語ってもらった。 ※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。 税務署に務める真面目な公務員・熊沢二郎(内野聖陽)は、天才詐欺師・氷室マコト(岡田将生)の巧妙な詐欺に遭い大金をだまし取られてしまう。親友の刑事・八木晋平(皆川猿時)の助けで氷室を追いつめるが、見逃せば脱税王の悪名高き実業家・橘大和(小澤征悦)の尻尾を掴ませると持ちかけられ、手を組むことに。スゴ腕ぞろいの詐欺師集団“アングリースクワッド”を結成し、橘に地面師詐欺を仕掛けて10億円をダマし取る計画に参加する。こうして、双方による壮絶な騙し合いバトルが始まった。 ■「氷室に少年性を持たせたかったんです」 ――本作をきっかけに上田監督と対談もされたアルコ&ピースの平子祐希さんの着眼点が興味深くて、岡田さん演じる氷室の簡素な部屋の中に、一点だけ貴重なパーテーションが置いてある、と。そのこだわりに氷室のインテリジェンスを読みとれたと、おっしゃっていて…。 「美術チームに各キャラクターの人物像を伝えてあったので、そこからイメージを膨らませて置いてくれたのだと思います。でも、そんなに細かいところまで深く掘り下げてくださって、作り手としてはすごくうれしいですね。実際、上川周作さん演じる偽造のプロ、丸(健太郎)のアジトも1回しか登場しないんですけど、すごくこだわっていて。結構ロケハンを重ねたうえで、彼が根城にしそうな感じに仕立てていったんです」 ――乗る車だったり、使う小道具からも人物像が浮かび上がってきますよね。 「そうなんですよ、『アングリースクワッド』はいろいろな車も出てくるので、そこはスタッフに細かく要望を伝えました。『冒頭で出所してきた氷室が乗るのは、赤いスポーツカーにしてほしい』という具合に 」 ――Leminoで配信中の「アングリースクワッド EPISODE ZERO」でも映画でもたびたび出てきますが、氷室はチョコアイスが好きですよね。これが実は結構、重要で。 「なんで氷室がチョコアイスを好むのか、僕の中に明確な理由があるんですけど、それを監督が明言してしまうと“正解”になってしまいそうなので、まだ言わないでおこうと思います(笑)。観てくださる方々の考察の余地を残しておきたいですし。ただ、一つ言えるとしたら夏が舞台の物語というのもありますね」 ――あっ、確かに。撮影も実際に夏だったんですよね? 「はい、2023年の7月20日にクランクインして、8月31日にクランクアップしました。まさに学生の夏休みと同じ期間だったんですけど、連日暑かったので現場にもアイスの差入れが結構入りまして。これがまた格別に美味しいんです(笑)。でも、それとは関係なくアイスを小道具として使おうという構想がありました。というのは、氷室に少年性を持たせたかったんですよね。飄々とした少年のような心とクールで頭脳明晰な両面があるキャラクター造形にしたくて、アイスを好物に設定したんです。映画は、彼が刑務所から出てくるところから始まるじゃないですか。刑務所って基本的に甘いものが食べられないので、まず甘いものを口にしたいだろうなと思って、好物のチョコアイスを渡してあげるという描写にしました」 ――なるほど、アイスって少年っぽさがありますね。 「それと僕自身が人物像を立体化していく時に、好物を決める傾向にあって。2時間という長くはない上映時間の中で、人物の奥行きをパッと見せられるのって好きな食べ物とか住んでいる部屋、それから衣装だったりするので、個人的には衣装合わせが楽しかったりするんですよね」 ■「全体的に赤を使っているのは、アングリー=怒りの色を表してもいるんです」 ――それで言うと、内野さん演じる主人公・熊沢が普段着ているスーツもスタイリッシュじゃないところに、彼の実直さみたいな面が出ていますよね。 「野暮ったいですよね(笑)。でも、だからこそ氷室たちと組んでビリヤード場で橘に接近する際に着るスーツが映えるんです。あのパリッとしたほうのスーツはオーダーメイドで一点モノなんですよ」 ――あのギャップはたまらないですよね!そんなふうに熊沢が氷室たちの手ほどきで“いっぱしの詐欺師”になっていくさまや、友人を死に至らしめた悪党への復讐という側面からも、監督も好きな映画に挙げている『スティング』を思い出しましたが、現代日本の日常と地続きの世界観に絶妙に落とし込んだエンタテインメントに仕上がっていました。 「まさしく『スティング』と『オーシャンズ11』はオールタイムベスト級に好きな作品なので、この2作を思い出したと言ってくださる方が多いのが、僕はすごくうれしくて。ただ、なんでしょうね…具体的にオマージュしているというよりも、もはや僕にその“血”が流れているという感じなんですよね。今回は“『オーシャンズ11』のようにキャラの立ったフィクショナルな世界に、いわゆるフツーのおっちゃんが迷いこんでしまったら!?”といったイメージから構想を広げていったんですが、フィクショナルな部分は映画からインプットされた要素が非常に大きくて。いっぽう、熊沢の生態は僕自身の日常生活から割と引っ張ってきていて、例えば、お風呂を掃除しているシーンで奧さんの『排水溝の髪の毛、(除去するのを)忘れないでね』というセリフがあるんですけど、あれは僕が妻から言われていることなんですよ(笑)」 ――ふくだみゆき監督(=上田監督の妻)から日常的に言われていらっしゃるんですね(笑)。 「そうなんですよ、結構忘れがちじゃないですか排水溝って(笑)。でも、そういうセリフをさりげなく差し込むことで、お客さんからも『現実と地続きの世界なんだな』と思ってもらえるんじゃないかな、と考えたところがあるんですよね」 ――『カメラを止めるな!』でも、濱津隆之さん演じる主人公の家庭内での日常風景が描かれていることで、彼に対する心の距離感がグッと縮まった気がしていたんです。本作でも結構、いろいろな人物たちがなにかを食べながら話す描写がありますが、そこにリアリズムを滲ませていらっしゃったりするのかな、と。 「いまふと思い出したんですけど、『カメ止め』でも主人公の娘の真央がチョコアイスを食べているカットがあるんですよね。これはもしかすると“キャラクターにアイスを食べさせる”というのが僕の作家性でもあるのかもしれないな、と(笑)。食べるという行為に話を戻しますと、皆川さんの演じられた八木刑事が、常になにかを口にしているんですね。裏を返すと、板付きでしゃべっているといった描写を、僕が描けないからでもあるんです。人間って普通、なにかをしながらしゃべるじゃないですか。その条件のもとで芝居をすると、ライブ感のようなものが立ち上がってくるんです。ただ、俳優さんからも『動きながらとか、手数があるなかでセリフを話せるほうがありがたい』と言っていただけることが結構あって。そのほうが自然にできるみたいです。子役の子どもたちがわかりやすくて、棒立ちでしゃべるといかにもセリフっぽい言い回しになっちゃうんですけど、『このおもちゃで遊びながら言ってみて』というと、自然な感じになったりするんですよ」 ――確かに。食事の仕草にも“その人”が出るじゃないですか。ある意味、まとっていた鎧を無意識に脱ぐようなところがあって、そういう部分も描きたかったのかなと個人的に思ったりしたんです。 「そうそう、食べ物で言うと、橘が熊沢とケジャンを食べるシーンがあるじゃないですか。あれも橘のキャラクターが出ればいいなと思って設定したんです。庶民の血を啜っているような暗喩に見えるんじゃないかなということで」 ――橘は赤ワインをよく飲んでいますが、それもまた血を連想させますね。 「そうですね。人の生き血を吸っているようにも、血液を補充しているエネルギッシュな男というふうにも見えますし…そこはいろいろな見え方がすればいいなと思います。それと、全体的に赤を使っているのは、アングリー=怒りの色を表してもいるんですよ」 ――ああっ、なるほど!腑に落ちました。それにしても、これだけ多くの登場人物が1人も霞むことなく、それぞれの役割を果たしながら絶妙に絡み合うさまに膝を打ちました。 「群像を描く時は、物語の縦軸との関連を確認していく作業に一番時間が掛かるので、そこは苦労したかもしれないですね」 ――今回はドラマ版もあったので、膨大な作業だったのではないかと想像します。 「ただ、前日譚にあたるドラマ版を先に撮れたので、この段階で各キャラクターをつかめましたし、スタッフワークもつくりあげたうえで映画版の撮影に入ることができたので、そこはすごくいい作用をもたらしてくれたと感じていて。制作期間的にもそこまで大変な感じはしなかったですが、強いて言うなら、暑さですかね…(笑)。ただ、今回は“怒り”をテーマに据えていたので、夏に撮らなきゃという思いが自分の中にはあったんです。怒りって体温が高いイメージがあるじゃないですか…夏のほうがイライラしません?」 ――そうですね、言われてみれば(笑)。 「あと、流す汗もちゃんと撮ろうと意識していました。昔の黒澤明の映画を観ると、人物が汗だくなんですよ。でも、作品にもよりますけど、最近の映画は全速力で走ったのに、そんなに汗をかいてなかったりして、違和感を抱いていたんです。なので、メイク部にもよく言っていました、『もっと汗を足してください』って。でも、内野さんは自前の汗をたくさん流してくださって、こちらが求めていることに応えてくれていましたね」 ――内野さんは体型もちょっとユルめな感じに変えていらっしゃいました? 「はい、熊沢がマッチョな感じだとリアリティに欠けてしまうので、ちょっとだらしなくと言いますか、情けなく見えるような体型にしてくれていたと思います」 ■「岡田さんが氷室役を引き受けてくれて本当によかったなと思っているんです」 ――内野さんの、休日に熊沢っぽいメガネを見つけたと監督に連絡してきたり、役のことを考える熱量に感銘を受けました。さて、映画も「見事にダマされた!」と好評ですが、物語の時系列としてはドラマ版を観てからですと、より楽しめるかもしれないですね。 「どちらからご覧になっても楽しめるようにつくったつもりではいますけど、僕としては、先に映画を観てからドラマ版で過去に戻るのも一興かな、なんて思ってもいて(笑)」 ――ドラマ版では氷室が仲間たちといかにして出会い、契りを結んでいくかが描かれていますね。 「そうですね。森川葵さん演じる白石未来が、映画での熊沢的な立ち位置になっていて」 ――これはよくないのかもしれませんが、だんだんと氷室のセリフには全部ウラがあるんじゃないかと、穿つようになってしまって(笑)。しかも、岡田さんの表情も読みづらくて…。 「そこは岡田さんを氷室役にキャスティングした理由の一つでもあるんです。ポジション的には主人公側ではあるんですけど、いつ裏切ってもおかしくないような、なにを考えているのかわからない危うさも漂わせているのは、岡田さんの存在感によるところが大きくて。しかも、役のことをしっかり理解して、妥協することなく演じてくれたので、氷室役を引き受けてくれて本当によかったなと思っているんです」 ■「映画の中で起こることすべてに対して、正直かつ誠実であろうとする」 ――いっぽう、改めて聞くのも野暮かもしれませんが、内野さんとご一緒されてみて、どこにすごみを感じられましたか? 「ひと言で語るのは難しいし、僕が言うのもおこがましいですけど、役者が天職でいらっしゃるのだろうな、と思いました。変な話、お金がもらえるとかもらえないとか関係なく、ずっと役者として生きていかれる方なのだろうな、と。役づくりをする、演じることが楽しくて仕方ないと思わせてくれる方で、本当に妥協がないんです。脚本の打ち合わせをした時も、人物造形としての行動原理に筋が通っているかどうかを、きっちり腑に落ちないと演じられない。『まあ、やっちゃおう』と、なし崩し的に芝居することがないんです」 ――役に対して、そして芝居することに対して真摯ゆえ、なんでしょうね。 「例えば、『ここで踏みだしてください』という演出に対しても、本当に踏みだす必然性がないと踏みだせないよ、ということなんですよね。芝居ではありつつも嘘がない、と言いますか。ややこしい話かもしれませんが、映画やドラマってフィクションですけど、物語の中に身を置いている間は常に本当の感情で動きたい。だからこそ作品を観ている人にも信じてもらえるんだ、というのが信条と言いますか。劇中でも『詐欺の基本は嘘を本当に見せること』というセリフがありますけど、実は結構、芝居や映画に掛けて書いた文言でもあるんです。映画自体が嘘を本当に見せるものだったりしますが、映画の中で起こることすべてに対して正直かつ誠実であろうとするのが、内野聖陽という俳優さんのすごみなのかな、と。そこに尽きますね」 ――あのセリフにはそういった意味も込められていたんですね。内野さんの役者としての信条には、さすがの一言です。 「同時に、バランス感覚も備わっていらっしゃって。映画の前半で、矢柴俊博さん演じる亡き親友の岡本を罠にはめたのが橘だと知って、熊沢が氷室のいるアジトへ向かっていくシーンがあるんですけど、少し前まで雨が降っていて水たまりができていたんですね。そこで橘への怒りを表すのに、水たまりをバシャバシャと歩いていくのはどうかと提案してくださったんです。僕も『いいですね、やりましょう』と言ったんですけど、突然出たアイデアだったので、『衣装の替えがあるかどうか、衣装さんに確認しないとね』と、内野さんがおっしゃって。で、衣装部に『バシャバシャやっても大丈夫ですか?』と聞いたら、衣装さんも『大丈夫です』と言ってくれたんですが、すかさず内野さんが『監督がそんな聞き方をしたら断れないでしょ。やっぱり、やめよう。ごめんごめん』って、結果的にはとりやめたんです。なので、単におもしろいことを思いついたからやるのではなくて、それをやることによって現場全体にどういう影響があるのかを、ちゃんと考えていらっしゃるんですよね。その心遣いに、僕はいたく感動しましたし、現場のことを隅々まで配慮しなければいけないなと、改めて考え直すきっかけになりました」 取材・文/平田真人