紆余曲折の森保J守護神が起こした“広島の23秒” 手術の決断乗り越え立ったゴールマウス舞台裏【コラム】
大迫敬介から中村敬斗、久保とつなぐ前に起こっていた5本のパス
右ウイングバックで初めて先発した堂安律が前半19分に決めたファインゴールは、日本代表のゴール前から8本のパスを介して生まれていた。最初のパス、ゴールキックを蹴ったゴールキーパーの大迫敬介が言う。 【一覧リスト】「言葉を失った」 森保ジャパンが「世界13位」“ドイツ超え”ランキング 「トレーニングの段階からスタッフがオプションを提示してくれていて、そのオプション通りになりました」 大迫から短い縦パスを受けたキャプテン、ボランチの遠藤航がワンタッチで大迫に返す。大迫はさらにワンタッチで左側に開いたセンターバックの町田浩樹へパス。ボールはさらに町田の前方にいたボランチの田中碧を介して、大迫のもとへ戻ってきた。ここまでの5本のショートパスは、たとえるならば“まき餌”だった。 このときの点差はわずか1点。プレスの網にかけてボールを奪い、同点に追いつけると判断したシリア代表の選手たちが、日本から見て左サイドへ次々と集まってくる。すかさず大迫がまたもやワンタッチで、左タッチライン際に降りてきた左ウイングバックの中村敬斗へ、町田や田中を飛ばす形でやや長目のパスを通した。 これがシリアをおびき寄せる仕上げのプレーとなる。リスクを冒しながら、自陣でパスを繰り返した目的を「久保選手のところが空く、という意味でしょうか」と問われた大迫は「はい、そうですね」と即答した。 自陣を向いた体勢から、ワンバウンドしたパスを胸で収めた中村が次の瞬間、自陣の中央でフリーになっていたシャドーの久保建英へ絶妙のパスを通した。右利きの選手を左に配置したメリットが存分に発揮された場面。2万6650人のファン・サポーターが駆けつけたピースウイング広島が一気にわきあがった。 すかさずドリブルで中央を一直線に駆けあがっていった久保が、一気呵成のカウンターを発動させる。チャンスの匂いを嗅ぎとっていた堂安も、あうんの呼吸で久保の右側をフォローしている。そして、走り込んだ先で久保のパスを受けた瞬間に、左利きの堂安は右ウイングバックからゴールハンターへと変わった。 ペナルティーエリア右角のやや後方で、堂安はまずボールを小さく左へもち出した。ファーへシュートを放つ、と見せかけた動きにキーパーを含めたシリアの選手たちもつられる。待っていました、とばかりに体をひねった堂安が左足を一閃。強烈な弾道がニアを撃ち抜いたとき、大迫のゴールキックから23秒が経過していた。 最終的には日本代表が5-0で快勝した、11日の北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の最終第6節。お役御免とばかりに、谷晃生との交代でベンチに下がった後半31分まで大迫の守備での見せ場は訪れなかった。 「今日みたいな試合展開だと、自分の存在感を示すのはなかなか難しいところがありますけど……」 試合後の取材エリアで思わず苦笑いを浮かべた大迫だったが、すぐに前向きな言葉をつむいでいる。試合会場のエディオンピースウイング広島をホームとするサンフレッチェ広島の24歳の守護神は、自身がかかわった3本のパスを介して、堂安のゴールが生まれるまでの23秒間を思い浮かべていた。 「ただ、ゴールキックからの流れでゴールが決まったシーンもありました。自分の課題に向き合っていたなかだったので、そこから点が生まれたのは自分のなかで手応えになります。もっともっとキックの質をあげないといけないと思いますけど、この結果につながったのは自分としてすごくポジティブに受け止めたいですね」 第2次森保ジャパンが船出した昨年の3月シリーズからコンスタントに招集されてきた大迫は、敵地フォルクスワーゲンアレナでドイツ代表を返り討ちにした、同9月の国際親善試合のゴールマウスも任された。計10試合が行われた2023年で、大迫はキーパーとして最多となる4試合の出場を果たしている。 しかし、順調にキャップ数を積み重ねていた森保ジャパンにおけるキャリアに、昨年11月のミャンマー代表とのW杯アジア2次予選を最後に、今回のシリア戦までの約7か月間におよぶブランクが生じた。1月に中東カタールで開催されたアジアカップに臨んだ代表メンバーにも、大迫の名前は見当たらなかった。