《ブラジル》作品が描く暗殺事件が未解決な理由=ブラジル映画『Ainda estou aqui(私はまだここにいる)』歴史的快挙の裏側で
ブラジル映画『Ainda estou aqui(私はまだここにいる)』(ウォルター・サレス映画監督、2024年)でエウニセを演じたフェルナンダ・トレスが5日、米国でゴールデングローブ賞女優賞を受賞し、ブラジル映画界に歴史的快挙をもたらした。 その一方で、実はこの件を扱う裁判は、今も結審していないのはなぜか――。最高裁(STF)のアレシャンドレ・デ・モラエス判事はルーベンス・パイヴァ連邦議員失踪事件について6年間審議されてこなかった件について、連邦検察庁総局にコメントするよう昨年10月24日に求めていたとBBCブラジル等が報じた。 ウィキペディアによればルーベンス・ベイロッド・パイヴァ(Rubens Beyrodt Paiva 、1929年―1971年)は、軍事独裁政権下で殺害された土木技術者、政治家だ。1962年にブラジル労働者党(PTB)によって連邦議員に選出され、64年の軍事クーデター後、弾劾されて亡命したが、その後ブラジルに戻った。 ルーベンス氏は1971年に軍事政権の工作員によって誘拐され、首都リオ北部のチジュカにある旧陸軍諜報機関(DOI―Codi)で拷問を受けて死亡した。彼の遺体は、弾圧当局によって何度も埋められたり掘り返されたりされ、最後はリオ市沖の海に投げ込まれたとされる。未亡人エウニセ・パイヴァは、彼の死に対する国家の責任を認めさせるために何年も闘った。 この死亡は、国家真相究明委員会(CNV)によってようやく確認された。この委員会はジルマ・ルセフPT政権下の2012年に設立され、軍事独裁政権時代の人権侵害を調査し文書化することを目的としていた。そこで、失踪から約40年後にパイヴァ殺害がようやく確認された。 そこで検証された事実を基に、ルーベンスの息子である作家マルセロ・ルーベンス・パイヴァが本を書き、それが映画化されて今回受賞した。 同映画は批評家から好評を受けると同時に興行的にも成功を収め、エウニセを演じたフェルナンダ・トレスは、ゴールデングローブ賞女優賞を受賞。同映画は外国語映画部門にもノミネートされた。 だが国家真相究明委員会は事実認定ができても、刑罰を下すことはできない。そのため死後40年を経て軍事政権の犯罪が確認されたが、責任を問われることなく今日まできている。2014年、その流れの中で、連邦検察庁(MPF)は2014年、この事件をパイヴァ下院議員の殺害と遺体隠匿の罪で、軍事独裁による弾圧者ら5人を起訴した。リオ連邦裁判所は起訴を受理し、第2地域連邦裁判所(TRF2)も承諾した。 これは軍事政権下で起きた殺人に対する初の刑事訴追を意味しており、連邦検察庁にとって画期的なことだった。被告側はTRF2第2法廷に人身保護令状を申請したが、その請求は却下された。 その後、被告側の弁護団は最高裁判所(STF)に控訴し、「基本的権利侵害の確認(ADPF)153」に基づき、「恩赦法」の有効性は議論済みであると主張した。 軍事政権時代の政治的迫害者と国家諜報員に恩赦を与える「恩赦法」の問題は複雑だ。恩赦法は独裁政権下の1979年に制定され、軍事政権が犯した犯罪に対する一般恩赦を認めるもの。ただし、一方では弾圧された被害者である亡命者の帰国と政治犯の釈放も認めた。 パイヴァを拷問し殺害したとして控訴されている被告の弁護を務めるロドリゴ・ロカ弁護士は、軍事政権下に起きた、民間人ではなくある特定の集団に向けられた行為は人道侵害に値しないと主張している。こういった経緯の中、モラエス最高裁判事の指示で昨年4月に捜査は再開された。 だが犯人として起訴された5人のうち3人が既に亡くなっていることもあり、裁判は遅れている。問題の核となっているのは、軍事政権時代の犯罪が半世紀経った今でも罰することができるのかという点だ。