TBSアナを辞めて、なぜベンチャーへ? 国山ハセンに聞く、キャリアチェンジと“対話力”の重要性
対話のスキルを磨くことで、人生とキャリアを切り拓くことができる――。そんなメッセージを伝える書籍『アタマがよくなる「対話力」相手がつい教えたくなる聞き方・話し方』(朝日新聞出版)が刊行された。元TBSアナウンサーで現在はビジネス映像メディア「PIVOT」のプロデューサーとして活躍する国山ハセン氏が、仕事を通じて得てきた「対話力」の重要性を余すところなく語っている。対話力とはそもそも何なのか。いかにして身に付けることができるのか。国山氏にじっくり解説してもらった。 【写真】国山ハセン氏のインタビュー中やイメージなど撮り下ろしのカットをみる ■TBSを辞めた理由 ──TBSアナウンサーからビジネス映像メディア「PIVOT」のプロデューサーに転身した国山さんですが、どのような思いでキャリアチェンジを決断しましたか。 国山:TBSに在籍した10年間、アナウンサーの仕事にやりがいを感じていましたが、30歳に近づくにつれてメディア業界の変化を実感するようになりました。今後、どのように自分のキャリアを形成するかを考えた時に、はたしてテレビだけでいいのかと思ったんです。他にどんな選択肢があるのだろうと考えるようになったのがきっかけですね。 個人のキャリアとしては、他の人からも順風満帆と言われるようなものでした。自分の目標にしていた番組に携わることができましたし、最後に報道番組のキャスターを担当することができました。様々な現場の取材を経験させていただきました。でも同時にマンネリも感じていたんです。メディアが変化していく中で、何か新しい挑戦をしたいと思いました。 ──そこでPIVOTに参画したんですね。 国山:当時、ちょうどPIVOTというメディアが立ち上がるタイミングで、個々のメンバーと出会うきっかけがあったんです。話を聞くと、新しいビジネスメディアとして、幅広くいろんなコンテンツを作っていくと。その創業期であることに一番に魅力を感じました。 テレビ局という大きな組織とスタートアップではたくさんの違いがありました。まだ15人ほどのメンバーで、それぞれが多様なバックグラウンドを持っていて、みんなで新しいメディアを作っていこうという姿勢がありました。それに惹かれて、もう止められない衝動となって、退社を決意したんです。 ■対話力は複合的なスキル ──そのように人生やキャリアを切り拓くスキルとして、対話力が重要だと本書で伝えていますね。改めて、対話力とはどういうものですか。 国山:コミュニケーションには、聞く力や話す力などいろんな要素があると思いますが、対話力は全部を包括した複合的なスキルです。本の中では7割は聞く技術をベースに解説しています。いかに相手から話を引き出すのかということですね。残りの3割は自分の意見を話す力です。それらが培えると、対話を通して相手との信頼を築くことができるんです。 ──「聞く」に重点を置いているのはなぜでしょうか。 国山:アナウンサーという職業柄、聞くことを大事にしていたこともあるかもしれません。インタビューやMCでは、相手がいかに自発的に話してもらえるかが大事です。番組で複数の出演者が話したいことを楽しく話せている時はいいムードになる。するとMCとしてもいい評価となるという実感がありました。でもそれは職場や家庭での日常会話でも、同じように重要だと気がつきました。どうやったら相手と話が盛り上がるか、いかに相手から話を引き出すかがポイントなんです。 ■ビジネスだけではなく日常的な場面でも対話力は大切なスキル ──あらゆる場面で役に立つスキルなんですね。 国山:間違いなくそうですね。業界を問わず、さらにはビジネスパーソンでなくとも、日常生活で役に立つスキルです。逆の言い方をすれば、人間関係がうまくいかずにギクシャクしている時は、対話不足が原因であることが多い。あらかじめ自発的に対話ができていて、相手といい距離感でいられる時にはうまくいっているんです。 ──対話力を向上させるための最初の一歩を教えてください。 国山:本当に基本のキなんですけど、挨拶と笑顔だと思います。体の正面をしっかり向けて、笑顔でしっかりと相手の目を見て、語尾まではっきりと挨拶をする。例えば先日、番組のゲストでいらした投資家の方は、投資する会社を決める時にその会社の雰囲気を見るそうなんです。そこでは「会社内で従業員が知らない人に対してどれだけ挨拶をするか」をチェックするとのことでした。すると会社の活気があるか、経営者の立ち居振る舞いや教えはどのようなものか、ひと目でわかると。これは僕が大事にしていることと一緒だなと思って。ある意味では当たり前かもしれませんが、当たり前のことを当たり前にできることは大きいと思います。 ■対話力の4つのステップ ──本書では対話を4つのステップ(アイスブレイク、アイドリング、ドライブ、トップスピード)に分けて解説していました。一つ一つに分解すると、苦手な人も自分でもできるような気になるように思いました。それぞれのポイントについて教えてください。 国山:最初のステップのアイスブレイクでは、まさしくその挨拶と笑顔が重要になります。初めて会う方との商談などでは、名刺交換した際に微妙な間ができるじゃないですか。そこでいかにカジュアルな雰囲気にできるかがポイントです。特に番組収録の場合は出演者にリラックスしてもらいたいということがあります。相手がどういう表情なのか、どういうテンションなのか。それを観察しながら、簡単な雑談をしてみる。好奇心を持ちながら、相手に問いをぶつけてみるんです。その質問は本当になんでもいいんですよね。このアイスブレークは全体の15・20%ほどですが、ギアを入れるまでのストロークになるので、とても大切にしている部分です。 ──次のアイドリングは、相手の心をほぐしていく段階でした。ここでは聞き手になることが大事だそうですね。いい聞き手になるためのポイントはありますか。 国山:単純な質問をどんどんして、ちょっとずつギアを上げていくようなイメージです。まだ前半はかたくなってしまっていることも多いので、変な緊張感をなくしていくんですね。 番組収録で話を聞く時に意識しているのは、質問の半分は台本、残りはアドリブにすることです。聞くことをガチガチに決めてしまうと、予定調和になってしまう。もちろん構成や聞きたいことを考えてはいるんですけど、基本的には相手にそれを投げながらも、面白いワードや熱量のあるポイントを見つけて、掘り下げていきます。いかにそこを逃がさないようにして、盛り上げていくのかが重要です。 ──次のドライブでは、相手の発話のエンジンをさらに温めていく段階と書かれています。そのためにはリアクションが大事とのことですが、どのようなポイントがあるのでしょう。 国山:大きなリアクションを示すようにします。そのほうが相手も嬉しいですよね。話している内容に興味・関心があるということを素直に伝えるポーズになります。そこで大事なのは、表情豊かな「喜『驚』哀楽」なんです。「驚」くとしたのは、その発見や気づきに驚いたことをしっかりと相手に提示する。そうすると、相手はより詳しく話をしてくれると思います。 ■自分の気持ちをさらけだすことがインタビューのテクニックの一つ ──そして最後のトップスピードでは「本音の交換」ができるかどうかが、最も重要になってくるとのことでした。 国山:最終的には、自分も相手も学びを持ち帰ることが一つのゴールだと思います。そうすることで、誰とでも信頼を築けることに繋がるんです。 人と対話をすることで、本当に多種多様な知見が得られます。ネットで検索しただけの情報とは違って、直接自分が得た一次情報になる。そういう意味でも、本音を引き出せると、多くの学びや気づきが得られると思います。 そこで大事なのは、本音を「交換」することだと考えています。つまり、相手からいかに話を引き出すかだけにフォーカスしてしまうと、実はうまくいかないんです。アナウンサー時代から意識しているインタビューのテクニックなんですが、まずは自分のことをさらけだすんですね。「実はこんなことで悩んでいるんですけど、どうしたらいいでしょうか」などと聞いてみる。するとそれに対するリアクションとして、本音で話をしてくれることが多いです。 ──本書ではテレビ局や芸能界の先輩からのエピソードが紹介されていて興味深かったのですが、特に思い出深いものはありますか。 国山:「おわりに」に書きましたが、TBSの大先輩・長峰由紀アナウンサーからいただいた「生きた言葉を探してください」という言葉を大切にしています。 長峰さんは日曜お昼のニュース番組「JNNニュース」で一緒に担当させてもらいました。僕はまだ2年目の新人でガチガチに緊張していたんです。多くの人に見られている番組ですし、ストレートニュースなのでミスは許されなかった。それでも自分はミスが多かった。そんな時にいろいろなアドバイスをいただきました。 私が番組を卒業するタイミングでお手紙をいただいて、一言だけ「生きた言葉を探してください」とありました。私はそれをアナウンサーの心構えだと受け取りました。アナウンサーとして大切にしなければいけないこと。もっと言えば、人としてずっとこれから大切にしていきたいこと。自分で足を運んで、目で見て聞いて感じたことを伝えないといけない。表面的なことではなくて、ちゃんと物事の背景を捉えて、想いをのせて伝えるということだと解釈しています。 ──先ほどの「本音」ともかかわってくるのでしょうか。 国山:そうですね。長峰さんに原稿読みの研修をお願いしたことがありました。僕は音だけを捉えたらきれいに正しく発音できていたはずでした。でも「今の一行は背景を捉えて読めていますか」と指摘されたことを今も鮮明に覚えています。本当の意味でその言葉を理解できているかということでした。 「今現場では~が起きています」と一行を読み上げるだけでも、自分の想いが込められているかどうかで伝わり方が違います。放送では、取材した1/10も放送できないことがほとんどなんですが、10のものをのせて1を伝えるということはできる。つまり、本音が伝わるんですね。それが「生きた言葉」ということなのかなと思っています。
篠原諄也