【インタビュー】苦悶するシンガー ニック・ケイヴが「私生活の悲劇」を乗り越え、たどり着いた『Joy』
長年、暗いテーマに取り組んできたロックバンド「ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ」のリーダーが、2人の息子の死に向き合ったのち、ポジティブで高揚感のある新アルバムを出した理由とは?──
ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズは一見、「Joy(喜び)」という単語と縁遠い存在に思える。リーダー兼シンガーのニック・ケイヴは40年のキャリアの大半を通じて宗教、人間関係、死といったテーマに取り組み、暗く、威圧的な苦悶するアーティストのペルソナを演じていた。 【動画】飛行機内で乗客がテイラー・スウィフトの曲を「大合唱」...投稿された「お祭り騒ぎ」動画に、「悪夢だ」の声も 最もよく知られている曲の1つ「ザ・マーシー・シート」は、死刑囚の視点で書かれた作品だ。ケイヴの独特の歌声は、天国と地獄の間のどこかに広がる世界観を持つ強烈なパフォーマーという評価をさらに高めることになった。 だが過去10年の間に、このオーストラリア生まれのアーティストはバンドのサウンドと共に成熟した。特に大きかったのは、私生活で見舞われた悲劇だ。 2015年、双子の息子の1人アーサー・ケイヴが15歳で崖から転落して亡くなった。7年後には、長男のジェスロ・レイゼンビーも31歳で世を去った。バッド・シーズの2枚のアルバム『スケルトン・ツリー』(16年)と『ゴースティーン』(19年)は、この内省期に発表された。 だがバッド・シーズの新スタジオアルバム『ワイルド・ゴッド』には、より高揚感のある希望にあふれる視点が反映されている。67歳になったケイヴは先日、滞在先のニューヨークで本誌にこう語った。 「バッド・シーズを復活させたような感覚なんだ。(音楽)活動と人生が一気に爆発したような感じ。喜びに満ちている。(新作には)『Joy』という曲がある。この言葉が実際に何を意味するのか、私にはよく分かる。見た目以上に深い言葉なんだ」
亡きメンバーへの想い
バッド・シーズ以前のグループ、バースデイ・パーティー時代の1970年代後半~80年代初頭から、ケイヴはカオス(混沌)のアーティストだった。その男が今、こんな言葉を口にする。 「あるレベルの喜びは苦しみの一種と言ってもいいと思う。われわれ人間とは何者なのかを知ることで、ある種の上昇気流に乗った爆発が起こるんだ。このアルバムはそんな感じ。とにかく爆発し続ける」 ロックと電子音楽の影響を組み合わせた『ワイルド・ゴッド』のエネルギッシュなサウンドは、内省的で余白の多い『スケルトン・ツリー』と『ゴースティーン』に対する意図的な反動ではないと、ケイヴは語る。 制作当初から望んでいたのは、バッド・シーズのメンバーをもっと前面に出したいということだった。「バンドとしての一体感を強調したいと思っていた。やっと彼らが前に出て演奏できるアルバムができた。彼らも全力でやってくれた」 「ソング・オブ・ザ・レイク」などアルバム収録曲のいくつかの歌詞は、信仰、精神性、霊的再生についての瞑想で貫かれている。新作のテーマは「一連の改宗」だと、ケイヴは音楽 雑誌MOJOに語っているが、この点について尋ねると、「必ずしも宗教的な意味じゃないんだ」と言う。 「ある形から別の形への変化。ある方向に進み始めて、別のどこかに着くようなものだ」 この意味での「改宗」の好例が、映画的なタイトル曲とカントリー・フォーク調の「ロング・ダーク・ナイト」。「長い髪をなびかせて空を飛ぶ男」についての共通の歌詞を持つ詩的な2曲だ。 「人物か精神的な力か、何でもいいんだけど、それは信じられる誰かを探して世界中を移動する。信じられる何かではなく、自分を信じてくれる誰かを探しているんだ」 先行シングルとしてリリースされた「フロッグス」は、アルバム全体のトーンを特徴づける喜びと回復力の一例だ。この曲は聖書のカインとアベルの物語で始まり、カントリー界の大物クリス・クリストファーソンの「サンデイ・モーニン・カミン・ダウン」の歌詞に言及して終わる。 「この曲は2つの精神的荒廃に挟まれている」とケイヴは語る。「この曲のカエルは晴れやかな精神状態を体現している。僕にとってカエルはいつも、ときどき跳びはねたりする喜びにあふれた小さな生き物なんだ」 このアルバムで最も感動的な曲は、バッド・シーズの初期メンバーでケイヴの恋人でもあったアニタ・レーンにささげた「オー・ワウ・オー・ワウ(ハウ・ワンダフル・シー・イズ)」かもしれない。 レーンは21年、61歳で亡くなったが、その約2年前に録音されたケイヴとの電話での会話が曲の途中で挿入される。 「メルボルンの音楽シーンが(70年代後半に)立ち上がろうとしていた頃、美術学校出身の連中が多くいて、アニタもその中から頭角を現した。明るくてキラキラ輝いていて美しくて、みんなの中心で幸せそうに笑っていた」