【インタビュー】苦悶するシンガー ニック・ケイヴが「私生活の悲劇」を乗り越え、たどり着いた『Joy』
新しいことに挑み続けて
バッド・シーズのデビューアルバム『フロム・ハー・トゥ・エターニティ』がリリースされてから今年でちょうど40年になる。しかし、長く活動を続けようとは思っていなかったと言う。 「35年前のインタビューが残っている。その中でこう言っていた。『少なくとも、このくだらないものを、年を取ってまで続けるつもりはないね』。ずいぶんと音楽を見下したことを言っていたものだが、ご覧のとおり今も続けている」 バッド・シーズを引っ張ってきたのは言うまでもなくケイヴだが、バンドが成功できたのは歴代のメンバーのおかげだと思っている。 「手柄はきちんと評価したい。それに、ほかの人と一緒に仕事をして成果を上げてきたことに誇りを持っているんだ」と、ケイヴは言う。 「ミュージシャンたちが音楽をつくったり、演奏したりしているのと同じ空間に身を置くことほど、楽しいことはない。けれども、その部屋で自分だけデスクに向かって歌詞を書くことほど、退屈なこともない......歌詞を書き終わってスタジオに入っていくと、後は楽しいことだけだ」 長寿バンドになっている理由の1つとしては、常に新しい音楽ジャンルに挑戦してきたことも挙げられるだろう。 「ここまで長続きしているのは、恐れることなく、ずっと新しい音楽をつくろうとしてきたからだと思う」と、ケイヴは説明する。 「バンドが進む方向をファンに決めさせることはしない。ファンのことはもちろん愛しているけれど、どんな音楽をつくるかには口出しさせない。どんなファンが本当に好きかというと、私たちが自分の気に召さない音楽をつくるかもしれないと理解し、それを歓迎してくれる人たちだ」 近年のケイヴは、音楽やインタビューで人への思いやりを見せることが多くなった。息子アーサーの死から3年後の18年には、オンラインニュースレターを立ち上げ、ほぼあらゆるテーマについてファンから質問を受け付けている。 「本来なら回答する資格なんて全然ないような質問に回答している。見方によっては全てが底抜けにばかげていると、気付いていないわけではない。でも、それがうまくいくときもある」と、ケイヴは言う。 「皮肉なのは、私が共感力のあるタイプではないということ。相手の気持ちに寄り添って回答しようとすると、頑張って自分の最も善良な部分を引き出さなくてはならない。たいてい、『くよくよ考えてもしょうがないよ』と答えたくなる。でも、『それが責任のある回答と言えるのか』と思い直す......この活動のおかげで、ほんの少しだけよりよい人間になれていると思う」