【インタビュー】苦悶するシンガー ニック・ケイヴが「私生活の悲劇」を乗り越え、たどり着いた『Joy』
仕事よりも大切なこと
バッド・シーズのライブでは、心を揺さぶられる場面がたびたび生まれてきた。ケイヴはパフォーマンスの最中に観客の手を握ることがよくある。これもファンとの深い絆の表れだ。 「ステージの上ではいつも緊張していて、歌っている間、自分の手をどう動かせばいいのか分からなくなるんだ。ずっと動き続けていれば、音程を外してもバレないかもしれないという思いもある(笑)」と、ケイヴは言う。 「大勢の人たちの不安と愛が渦巻くなかでステージに出ていくときの気持ちは、どんな言葉にも言い表せない。それを軽く考える気持ちには全くなれない。私は音楽にとても真剣に向き合っている。音楽は、現実世界を超越した経験が許される数少ない機会だと思う。そのような機会は、もうほとんど残されていないように思える」 ケイヴはさまざまな活動を精力的に行ってきた。バッド・シーズの活動に加えて、映画音楽の制作や書籍の執筆、陶器づくりなどにも力を注いできた。しかし、仕事とプライベートでの人間関係への向き合い方も変わった。 「物事に注意を払うようになった」と、ケイヴはその点を説明する。「仕事がうまくいっていれば全て問題なしと、ずっと考えてきた。仕事以外の人間関係に仕事の邪魔をさせないようにしていた。今ではそのことを後悔している」 「自分が世界でどのような存在なのかを知ることが重要だと思う。あなたは誰かの息子だったり、誰かの父親だったり、世界に生きる市民だったりするだろう......。そうしたことの一つ一つによく目を向けることの意味は大きい」と、ケイヴは語る。 「例えば、どうすれば最良の夫になれるのかと考えることに意義がある。どうすれば偉大なアーティストになれるかということばかり考えて、ほかのことは放置するより、そのほうがいい」
デービッド・チウ(音楽ライター)