「マツダさんに負けたくない」豊田章男社長が口にしたクルマ愛と危機感
「もっといいクルマづくり」の意味
会社のコアコンピタンスが「もっといいクルマ」であることに思い至った時、トヨタは何を考えたか。それについては再び豊田社長の会見の言葉を引用しよう。 「ちょうど2年前の5月、両社(トヨタとマツダ)が協力関係の構築に向けて検討を開始することを、皆さまの前で発表させていただきました。その時に私はこう申し上げました。『Be a driver 自分が行く道は自分で決めた方が楽しいに決まっている。走らせて退屈なクルマなんて、絶対につくらない』。マツダさんのこうした考え方に私自身大いに共感をしています。マツダさんはまさに私どもが目指す「もっと良いクルマ作り」を実践されている会社であり、今回の提携によって私たちは多くのことを学ぶ良い機会をいただいたと感謝しております。それから2年が経ったわけですが、私自身、この思いをさらに強くして本日この場に臨んでおります」 トヨタは新しい競争の中で、自動車メーカーの強みをどう発揮するかと考えた時、マツダの教えを請う覚悟をした。それは具体的にクルマを作る技術そのものではない。トヨタの技術は高いし、トヨタのエンジニアもそれに誇りを持っている。しかし、現実に「今までのトヨタ車は乗って楽しくない」という批判を受けてきたことを、これまで豊田社長は度々認めている。 それは何故か? 目標ラインの設定や、いいクルマとは何かということに対するチーム全員の理想の一致においてトヨタはマツダに及んでいない。これについての豊田社長の発言を見よう。 「いまのトヨタの課題は1000万台を越える企業規模をアドバンテージにするべく、自分たちの仕事の進め方を大きく変革することです。私たちが昨年4月に導入したカンパニー制も、マツダさんと一緒に仕事を進める中で、自分たちの課題が明確になり、『このままではいけない』と踏み出したものだと言えます。マツダさんとの提携で得た一番大きな果実は、クルマを愛する仲間を得たことです。そして『マツダさんに負けたくない』と言う、トヨタの『負け嫌い』に火を付けていただいたことだと思っております。本日私が皆様にお伝えしたいことは、両社の提携は『クルマを愛する者同士』のもっと良いクルマを作るための提携であり、『未来のクルマを決してコモディティにはしたくない』という思いを形にしたものだと言えることでございます」 「大が小を飲み込み蹂躙する提携」。ここまで読んで、まだそう思う人がいるのなら仕方がない。しかし筆者は、新しい時代の到来に備え、自らを研鑽し、協力し合う新しい自動車メーカーの提携の形をそこに見たように思っている。 --------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある