究極FFホットハッチ「最後の対決」 生産終了のルノー・メガーヌR.S.ウルティムと次は?のホンダ・シビック・タイプRの2台にモータージャーナリストの佐野弘宗が試乗!
「ニュル最速FF車」の称号に次のステージはあるのか?
特集:クルマでスポーツしようぜ! 第1部 試乗篇FFホットハッチの両雄、ホンダ・シビック・タイプRとルノー・メガーヌR.S.ウルティムの2台に乗って考える。磨き抜かれた逸品。ホットハッチはフロント・エンジン、フロント・ドライブに限ると信じてやまず、過去に何台もホットハッチを乗り継いだ佐野弘宗が世界最速級のシビックとメガーヌを乗り比べた。 【写真16枚】これが見納めか?! シビック・タイプRとルノー・メガーヌRSウルティム、究極ホットハッチのこだわりを写真で見る ◆真のホットハッチの双璧 前輪駆動の実用ハッチバックに高出力エンジンを与えた“ホットハッチ”の歴史は長い。元祖は1974年にVWゴルフIに設定されたGTI。最近は4WDの高性能ハッチも増えたが、私にいわせれば「暴れたがるフロント・タイヤをみずからの才覚で手なずける」行為こそホットハッチの醍醐味であり、ホットハッチはFFにかぎると信じてやまない。 そんな真のホットハッチの双璧といえば、ホンダ・シビック・タイプRとメガーヌ・ルノー・スポール(RS)の2台である。この2台は数世代にわたって、聖地である独ニュルブルクリンク北コース(ニュル)の「FF車最速タイム」を、ほぼ交互に更新しあってきた間柄でもある。 メガーヌRSが最後にニュルのタイムを更新したのは19年5月。2シーター化やガラスの薄肉化に加えて、自慢の後輪操舵まで省いて130kgも軽量化した「トロフィーR」で、先代タイプRによる当時の記録を塗り替える7分40秒100(新規定では7分45秒389)を叩き出した。それに対抗して、最新のタイプRがニュルに挑んだのは昨23年4月。同じ新規定によるメガーヌRSのタイムを約0.5秒縮めて、「ニュル最速FF車」の称号を奪還してみせた。 ただ、両車のスペック差を冷静に考えると、20km以上のコースで0.5秒とは「意外に僅差!?」と思わなくもない。関係者によると、恒常的に予約パツパツのニュルで、タイムを出しやすい季節にコースを占有してタイムアタックをおこなうのは、簡単ではないという。まして、当日が悪天候ならすべて台無しである。 タイプRの車載アタック動画では、リスク覚悟でギリギリまで攻めてタイムを削り取っているのが、リアルに伝わってくる。当日の路面コンディションの影響もあったかもしれないが、メガーヌRSのタイムが、新型シビック・タイプRをもってしても、簡単には更新できない素晴らしいものだったということだろう。 そんな世界最速級のFFをこうして2台並べて楽しめる時間も、そう長くはない。というのも、メガーヌRSは今回取材した限定車「ウルティム」をもって生産終了するからだ。ベースのメガーヌもすでにEV専用車に切り替えられて、RS事業を受けついだアルピーヌも「歴代RSのようなエンジン搭載のホットハッチは今後出さない」と明言している。 現行タイプRは22年に発売されたばかりだが、エンジンや変速機、サスペンションといった主要コンポーネンツはすでに3世代にわたって使われており、ホンダは電動化の波も急。そんななかで、次期シビック・タイプRがこれまでの延長線上でつくられるかは疑問だ。つまり、今回の2台は、約50年前にゴルフGTIが確立したホットハッチの、究極にして最終進化形態……かもしれない。 ◆目的は同じでも…… ほぼ同じサイズとレイアウトで、同じ目的(=世界最速FF)のためにつくられた2台は、技術的に似た部分と、ちがう部分が同居する。 たとえばエンジンはともに4気筒ターボでも、排気量がちがう(ホンダが2リッター、ルノーが1.8リッター)のは、それぞれの量産エンジン戦略による。RSも2リッターがほしかったはずだが、量産車ベースのホットハッチで、完全専用開発エンジンなど、普通は許されない。ただ、最新の直噴ターボ技術によって、ルノーも最高出力300ps台、最大トルク400Nm台という2リッター級としてはトップレベルに達している。 冒頭に「暴れるフロント・タイヤを手なずける」などと書いたが、最終進化形態のメガーヌやシビックの前輪は、もはやまったく暴れない。どちらもキングピンを独立させた特殊なストラット形式フロント・サスペンションをもつからだ。「デュアルアクシス(あるいはダブルアクシス)ストラット」と呼ばれる同サスペンションは、高出力FFの宿命だったトルクステアを一掃した。加えて、優秀なLSDと電子制御トルクコントロールによって、遠慮なくアクセルを踏みつけても牽引力はほとんど衰えない。正直、少なくとも最新のタイプRとメガーヌRSにおいて、FFだからと特別なドライビング・テクニックはほとんど不要となった。しかし、FF特有の方向安定性は健在で、今回のようなコーナーでも遠慮なく踏めるFFとは、じつに痛快である。 タイプRの6段MTが横置きとしては世界最高のシフト・フィールを豪語するのに対して、RSは(6段MTの選択肢も残しつつも)2ペダルの6段デュアルクラッチ・トランスミッション(ルノーでの呼称はEDC)を主力とする。変速が人間の手よりも何倍も速いEDCゆえ、RSの開発ドライバーは「一発の速さでもMTよりEDC」と明言するが、ニュル最速タイムを叩き出したトロフィーRは6段MTだったのでは……とツッコミを入れる好事家もおられよう。 ただ、トロフィーRはあくまで、超一流のプロが運転して、ニュルという特殊なコースで最速となることを第一義としている。そのためには、計算ではじき出されたパワー・ウエイト・レシオを確保することが大前提。6段MTより20kg重いEDCはそこで外された。たしかに素早い変速はむずかしくなるが、そこはプロのウデと度胸でカバーするのがトロフィーRの基本思想(?)だ。しかし、市井のドライバーが走らせるかぎり、EDCのほうが確実に速い。 対して、リアのクルマづくりと空力は、シビックとメガーヌで好対照である。ただ、RSとホンダの技術者は「FFにおいても、リアの安定性をいかに確保するかが重要」と口をそろえる。フロントのトラクション確保に汲々としていた時代のFFは、リアなど二の次(?)だったが、最新のFFはリアこそがキモらしい。 こうした思いは一緒でも、そのためのソリューションがちがう。ルノーは独自の4モーション(後輪操舵)で、低速域は逆ステア(逆位相)で鋭い回頭性を引き出しつつ、高速域はフロントと同方向にステア(同位相)することで、安定性を確保。メガーヌRSが大げさな空力部品なしでオン・ザ・レールの高速安定性を披露するのは、同位相のたまものだ。 いっぽうで、ホンダはリアに高度なマルチリンク・サスペンションと電子制御可変ダンパー、さらに巨大なリア・スポイラーでリアのグリップ確保に万全を期す。電子制御ダンパーはリア・タイヤがしなやかに路面をとらえるだけではない。ニュルの高速アタックでは、クルマの姿勢を安定させることで、リア・スポイラーなどの空力部品の効果を最大限に引き出す役割も担っているという。 ◆生きた道で鍛え抜かれている 今回のような一般のワインディングでも、メガーヌRSとシビック・タイプRの絶対的な速さは甲乙つけがたい。しかし、とくにRSでは運転にちょっとしたとコツが必要だ。メガーヌRS乗りは逆位相と同位相が切り替わる速度(ドライブ・モードによって変わる)をきっちりと頭に入れ、それに合わせた運転をすべし……とRSの開発ドライバーもアドバイスする。それができれば、メガーヌRSはあらゆるスピードで、回頭性と安定性がピタリと両立する。 主要コンポーネンツは3世代、プラットフォームも2世代続けて使いながら、各部をブラッシュアップしてきた最新のタイプRはまさに熟成の味わいとしかいいようがない。エンジンはピーク性能こそ先代と大差ないが右足に吸いつくレスポンスは別物だ。アシはコンフォート・モードにすれば高級セダンもかくやの乗心地でありながら、フラット感も損なわれず、さらにサーキットでもそれなりに走ってしまう。逆にアシがもっとも引き締まる+Rモードでも、公道で絶望的に硬すぎるわけではない。 ……といいつつ、市街地ではコンフォート、山坂道はスポーツ、そしてサーキットでは+Rが文句なしにマッチするので、実際にモード選びに迷うことはない。そして、これほどの速さと俊敏さなのに、すべての味わいにピーキーなところが皆無なのがすごい。いかにも生きた道で何年にもわたって鍛え抜かれたことをアリアリと感じさせる。 それはメガーヌRSも同様だ。後輪操舵や1.8リッターエンジン、そしてEDCは、この最終世代のメガーヌRS限定の技術だが、サスペンション形式は3世代にわたって連綿と受け継がれており、硬質なのにしなやか……という肌ざわりは、いかにもルノー、いかにもRSである。 さすがは究極にして最終進化形態のホットハッチ2台。それは繊細な運転の機微の部分まで、磨きた抜かれた逸品と申し上げたい。 文=佐野弘宗 写真=阿部昌也 (ENGINE2024年7月号)
ENGINE編集部
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