告白したい、すべてを吐き出してしまいたい……。語らずにはいられない語り手の物語(レビュー)
1999年、廃ホテルの水のないプールに張られたテント内で女性と幼児の死体が見つかる。2人の殺害を自供したのは18歳の少年。彼は無期懲役となるが検察は控訴、その後、遺体を運んだのは自分だと女性の夫が手記を発表した――。 横田創『埋葬』は、この事件を取材したと述べるルポライターらしき人物が手記の全文を引用しているという体裁で始まる。女性が勤めていた会社の従業員や女性の友人へのインタビューなどがそこに挟まれる。しかし「ルポライターらしき人物」の態度には奇妙な執拗さがあり、問えば問うほど核心から遠ざかっていくというふうだ。一方、夫の手記は贖罪の色を帯びている。妻との約束を果たしてやれなかったと彼は記しているのだが、その約束とは何だったのか。 後半で登場する少年の、改行のない長い告白はどこか嬉々としている。事件の真相が告白の中に存在するのか、実は読み終えても分からない。ひとつだけ分かるのは、人はこんなにも「語りたい」生き物なのだということだ。
思い出したのは佐川光晴『縮んだ愛』(講談社文庫)。障害児学級教員の岡田が、かつての教え子、問題児だった牧野におよそ十年ぶりに再会してからの顛末を語る。牧野は毎週末岡田の家を訪れるようになるが、あるとき暴漢に襲われ瀕死の重傷を負ってしまう。教員としての自負をたっぷりにじませながら旺盛に言葉を連ねる岡田。全編に漂う清潔な不気味さとでも言いたいものが読者を惹きつけずにはおかない。
倉数茂『名もなき王国』(ポプラ文庫)も、語らずにはいられない語り手の物語だ。売れない小説家の「私」は、同業者の集いで澤田瞬という男性に出会う。瞬は「私」が憧れる幻の作家、沢渡晶の甥だった。そこから、晶が遺した数編の作品、瞬や「私」の危うい夫婦関係がランダムに並べられ綴られてゆく。最後に置かれた「真実」は、この世にフィクションという名の「嘘」が存在する理由の一端をあらわしていると言ってもいいだろう。このうえもなく濃密で切実な一作。 [レビュアー]北村浩子(フリーアナウンサー・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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