怒りの制御には「発散」よりも「リラックス」が有効
怒りの感情を感じたとき、何かを叩いたり、大声を出したり、走ったりして発散を試みるよりも、深呼吸やリラクゼーション、ヨガなど、覚醒レベルを下げる活動を行うほうが、怒りの軽減に有効であることが、米国で行われた研究で明らかになりました(*1)。 ●「怒り」は早めに解消したい、不快な感情 あらゆるネガティブな感情の中で、最も制御が難しいのが「怒り」でしょう。怒りは身体的な興奮を引き起こし、怒りが強まるにつれて交感神経が覚醒し、筋肉の緊張が高まり、アドレナリンが放出されます。怒りによって運動能力は急速に高まり、体は怒りの原因と戦うための準備が整った状態(生理的覚醒状態)になります。しかし同時に、怒りは本人にとって不快な感情なので、できるだけ早く解消したいと願う人が多いと思われます。 これまで、怒りのコントロールに有効な方法は何なのかは明らかではありませんでした。そこで米オハイオ州立大学の研究者らは、「覚醒レベルを上げる活動」と「覚醒レベルを下げる活動」のどちらに怒りの制御効果があるかを、メタ解析(複数の研究のデータを統合して解析する手法)によって比較することにしました。 対象としたのは154件の研究です。それらの研究の参加者計1万189人を、怒りを感じたときに、覚醒レベルを高める活動(キックボクシング、サンドバッグを叩く、枕に向かって叫ぶ、ゴルフボールを打つなどの攻撃的な活動、または、サイクリング、縄跳び、ジョギングなどの非攻撃的な活動)を行うよう指導されていたグループと、覚醒レベルを下げる活動(深呼吸、リラクゼーション、マインドフルネス、瞑想、スローフローヨガ、筋弛緩法など)を行うよう指導されていたグループに分けました。
深呼吸、ヨガ、リラクゼーションなどはどれも怒りを軽減
それぞれの活動について、終了後の怒りのレベルを調べたところ、覚醒レベルを下げる活動は、種類を問わず怒りを有意に軽減することが分かりました。 覚醒レベルを下げる活動の効果は、性別、人種、年齢、文化(集団主義か個人主義か)の異なる参加者の間でほぼ一貫して認められ、研究が行われた年代による差も見られませんでした。犯罪歴や知的障害の有無にも関係なく有効でした。さらに、覚醒レベルを下げる活動に関する訓練や指導を、心理学者やセラピストが行った場合も、研究者や大学院生が行った場合も、インストラクターやトレーナーが行った場合も、デジタルデバイスを用いて行った場合も、有意な利益が見られていました。 一方、覚醒レベルを高める活動は全体として、怒り、敵意、攻撃性のいずれに対しても有意な効果を示していませんでした。個々の研究が報告していた結果は不均一で、複雑でした。例外として、球技と体育の授業、複数の有酸素運動の組み合わせは、怒りを有意に軽減していましたが、ジョギングと階段昇降は怒りを有意に増加させていました。怒りをさらに増加させた活動について、著者らは、「単調で、退屈やフラストレーションにつながる可能性がある反復動作を中心としているからではないか」との考えを示しています。 今回の研究は、怒りの感情を和らげるには生理的覚醒レベルを低下させることが有効で、覚醒レベルを高める活動はほとんどが有効ではないことを示しました。したがって、米国などで流行している、怒りを全力で物にぶつけ、破壊する「レイジルーム(怒りの部屋)」は、怒りのコントロールには役立たないと予想されます。 *1 Kjaervik SL, et al. Clin Psychol Rev. 2024 Apr:109:102414. (大西淳子=医学ジャーナリスト)