作家が用意する食材でコーナーはエビフライにもカレーライスにも肉まんにもなる<河谷忍「おわらい稼業」第5回>
構成作家・河谷忍による連載「おわらい稼業」。ダイヤモンド、ケビンス、真空ジェシカら若手芸人とともにライブシーンで奮闘する、令和のお笑い青春譚。 【連載第1回】尿意がもたらした「つまらない」へのトラウマ お笑いライブにおいて、主に作家が企画を考える「コーナー」は作家の技量が試される場。どうしたらおもしろいコーナーが作れるのか、企画を考える上で作家には何が求められているのか、作家の仕事を考える。
なぜコーナーは観られないのか
2020年、日本は未曾有の自粛ムードに入った。吉本興業に入社してから数カ月後の出来事だった。 とにかく外に出ないこと。できる限り仕事は在宅で、打ち合わせなどはリモートで行うこと。出勤する際は何があってもマスクを着用すること。 日本を代表するテーマパーク・ディズニーランドが長期間の臨時休業に入り、テレビ番組もゲストがリモート出演したり、新たに収録ができないぶん過去の総集編を放送したりしていた。自粛に次ぐ自粛。脳みそに「お笑い」が染み込んだ綿を詰め込まれた人でさえ、あの時期に「お笑いライブに行こうぜ!」なんて口や肛門が裂けても言えなかっただろうと思う。 そんななか、吉本興業はYouTube配信でお笑いライブが楽しめる新たなシステムを導入した。これが現在に至るまでお笑いライブを配信で楽しめるようになったきっかけと言っても過言ではない。初めは無観客の寄席公演を無料で配信しており、もう中学生さんの無観客なのに有観客でしかできない信じられないピンネタをやった動画が大バズりしたのも記憶に新しいだろう。私が配属されたヨシモト∞ホールでも現在も続く本公演『ワラムゲ!』の前身となる『笑ってムゲンダイ!』というネタとコーナーのライブを吉本興業のYouTubeチャンネルで無料配信することが決まっていた。 客席に社員がまばらに数名座り、いわば特等席で自粛期間を家で過ごしていた芸人たちが久しぶりに立つステージを観ることができた。数組の芸人がアクリル板を挟んでネタを披露したあと、全員がマスク姿で集まってコーナーが行われた。自粛期間でしばらく劇場でのお笑いに触れていなかったこともあって、笑った拍子に口の横がちょっと切れたのを覚えている。ああ、自分ってこんなに笑ってなかったんだ、と笑いながら悲しくなった。あまりにも悲しいから笑ってしまうことはたまにあるけれど、笑ったことで悲しくなったのは初めての経験だった。 ネタがおもしろいことは言わずもがな、私がそのライブを観て感じたのが「コーナーおもろ」だった。とにかくコーナーがおもしろかった。みんなが自粛期間の鬱憤を全身を使って晴らすかのように和気あいあいとしていて、一挙手一投足が輝いて見えた。おもろ。おもろすぎる。 公演が終わって配信の同時接続人数を知った。ネタの部分は4000人ほどの人たちが視聴しており、ネタが終わってコーナーに入ると視聴者は半分がいなくなり2000人ほどになったという。そこからエンディングに向けて徐々に視聴者数は減っていったのだった。 なんで? こんなにおもしろいのに。 「コーナーでめっちゃ人減ってたわ」 先輩社員がその事実を私に告げると、私は悲しくて、笑ってしまった。口の横がさっきより痛んだ。 その日からしばらく考え込んでしまった。もちろん視聴者の大半がネタを観たいというのは当たり前のことだし、知らん作家の考えたコーナーを観るより知ってる芸人のネタが観たいのは至極当然のことなのはわかっていた。それでも、なぜか悔しかった。自分が作ったコーナーではないけれど、あんなにおもしろかったから。ネタとコーナーがあるお笑いライブにとって、大半の人が感じるコーナーの役割はきっと漬物のようなもので、あくまでもメインのネタを味わったあとの「添え物」に過ぎないかもしれない。全然それでいい。それでいいけどこの日ばかりはちょっともったいない気がしたのだ。 少し前までの『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)を思い出した。「オープニング」と呼ばれるロケ映像のあとに「ハガキトーク」が入る。オープニングがとんでもなくおもしろいのに、それが終わってもまだハガキトークをやってくれる。どっちもメインディッシュである。このYouTube生配信が終わったときから、私がライブにコーナーを入れるときの目標が「ハンバーグが出てきたあとにエビフライを出す」になった。