サマラ・ジョイが語る歌手としての旅路 グラミー受賞後も「学べる限りを学び、近道はしない」
挑戦に満ちたアルバム「私、すごいことをしてるでしょ!」
―ここからはオリジナル曲について聞かせて下さい。「Peace of Mind」はあなたとテナーサックス奏者、ケンドリックの共作です。この曲が生まれたストーリーがあれば聞かせてください。 サマラ:これは私が初めて書いた曲。メロディを先に書き始めたけれど、内容は自分でも確信が持てなかった。歌詞を書いたのは初めてのグラミーをとり、人生がものすごいスピードで変わり出した頃。「どうしよう。こんなことになるなんて。家にも滅多に帰れないし、このままどう続けていけばいいんだろう。どう平常心を保てばいい? 何もかもが変わる。大人にならなきゃならない」……と。あの出だしの数行は、自分自身、そしてリスナーへの問いでもあったと思う。すぐにでも大人になって、決断をしなければならない状況になり、そんな中で心の平静を持ち続けるにはどうしたらいいのだろうと。先ほど挙げた(アビー・リンカーンの)『Straight Ahead』の「In The Red(赤字 )」は「お金がない」ことを歌った曲。自由に使える金もない、その日暮らしの不安な心境を表すために、トランペットのブッカー・リトルが選んだのは、あえてテンポが一定ではない曲を書くことだった。それに倣って、私も決まったテンポがない、すべてキューで進む曲にしようと思った。そうすることで「次はどんな人生の選択をしなければならないの? 私は間違った道を選びたくない」という私の不安が表される。 そして、サン・ラの「Dreams Come True」へと繋がる。スウィングのテンポを持つハッピーなこの曲に繋ぐことで、自分に言い聞かせたかったの。「すべては自分のタイミングでうまく行く。これまでもそうだった。今まで私に起きたことは、何一つ計画したことじゃなかった。でもきっとうまくやれると信じている。だから夢と目標に気持ちを集中させて、そこに向かって進んでいく」と。そして願わくば、聴いてくれた人たちにもそう感じてもらえれば……。そんな思いを込めた。 ―そこまでしっかりストーリーがあったと。ところでサン・ラの「Dreams Come True」を知ったきっかけは? サマラ:トロンボーンのドノヴァンから教えてもらった。彼の趣味はラヴェルやショパンから、ケニー・ギャレットやケニー・カークランド、ケンドリック・ラマー、サン・ラまで幅広いの。この曲は大学時代に教えてもらったかな。オリジナルを書くよりも先にサン・ラの曲は知っていた。「Peace of Mind」の最後をどう終わらせたらいいのか、「just remember(覚えておいて)」という歌詞の続きをどうすべきかがわからなかった。人生の決断に迷っているとき、「覚えておくべきこと」はなんなのだろう? その答えが「夢は叶う」だった。「Peace of Mind」はメロディと歌詞は私だけど、そこに私が伝えたかった不安感を見事に伝える不協和音のコードを乗せてくれたのはケンドリック。それをドラマーのエヴァン・シャーマンがアレンジしてくれた。 ―まさにバンドでの共同作業でもあったわけですね。次は「Reincarnation Of A Lovebird」。もともとはチャールス・ミンガスのインスト曲です。 サマラ:テナーサックスのケンドリック・マッキャリスターがミンガスに凝ってて、この曲を聴かせてくれた。でもオリジナル・レコーディングは、あまりにクレイジーで変わってて(笑)。「私にこれを歌い切れるかわからない。どこに向かおうとしてるのかわからない」と思った。一方で、イントロが終わり、メロディに移るあたりで「なんて気持ちいいんだろう」とも思えたの。ビートの力強さに、思わずメロディの複雑さを忘れるくらいだった。それくらいメロディがビートやフィーリングとぴったりだった。6~7カ月、歌詞はまだない状態で、とにかくメロディを体に覚えさせた。「難しすぎる……」と思いながら。でもメロディが身体に入ったら、自然と歌詞が思い浮かび始めた。何度も繰り返しメロディを聴き、浮かぶ言葉やアイディアをただひたすら書き留めた。 そもそもこの曲はバード、つまりチャーリー・パーカーの死を受けて、ミンガスが友人を思って彼へのトリビュートとして書いた曲だった。でもそこで面白いなと思ったのは、ミンガスが必ずしもバードの音楽言語を用いなかった点。彼はあくまでもミンガスらしい書き方で、バードへの想いを曲に託した。それってとても美しいと思った。私が書いた歌詞はミンガスとバードのストーリーと必ずしも関連はない。私はまるで夢かと思えるくらいに現実離れした、不思議な愛のこと書いた。「これ、書き終われないかも」って行き詰まりを感じながらの作業だった。だってバカみたいに難しいメロディだから。しかも、ケンドリックの編曲では私は1分半、コードも何も伴わず、たった一人アカペラで歌わねばならなかった。「どうしよう!」って。 ―めちゃくちゃハードル高いですね!(笑) サマラ:でも今では、歌うのが大好きな1曲になった。これまで、この曲を歌った人はそういない。果たして私に歌うツールとスキルがあるかのか、メロディを損なうことなく自分なりに歌えるのか……わからないけどとにかくやってみよう、と心に決めてチャレンジした。そのおかげで今では「面白いメロディだな」って思う曲を聴くと、全てに歌詞を書いて歌ってみたいと思えるほど。普通のスタンダード曲を歌うのと、ジャズのコンポジションを歌うのは、まるで違う。メロディもハーモニーも洗練されていてずっと複雑。でも、スタンダードの次の段階としてジャズのコンポジションを歌うことが、私にとって自然な流れだったんだと思える。スタンダード曲はたくさん歌ってきて、すでに私のレパートリーにある。でもジャズ曲は音楽と一つになることを嫌でも考えなければならない点で、チャレンジだから。 ―その一方で、「No More Blues」や「Day By Day」といった、それこそ誰もが知っているジャズのスタンダードをやっていますね。超ベタなスタンダードだからこそハードルが高い部分もあると思います。どのようにアレンジして歌おうと思ったのですか? サマラ:あれらの曲をやったのは、アルバムにはみんながあまり知らない曲や、人によっては初めて聴く曲もあるとわかっていたから。だから私自身も含め、多くの人に愛されている曲を選んで、私のバージョンで歌おうと思った。人気曲だからといって、自分たちのアレンジを加えられないわけじゃない。でもオリジナルがあまりに有名だと、それをどう違う形にするか考えるのも難しい。メンバーたちはいい仕事をしてくれたと思う。「No More Blues」や「You Stepped Out of a Dream」といったスタンダードを新鮮で生き生きとしたアレンジで、自分たちのものにできて本当によかった。どちらも、たくさんの人に歌われるべき、美しい曲。私たちのバージョンを聴いて、「もっと歌いたい」と思ってもらえるきっかけになれば、嬉しい。 ―例えば、「Day By Day」みたいな曲を歌うと、エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンみたいな先人と比較されるみたいな不安ってないんですか? サマラ:でも私のバージョンを聴いた後も、比べようとするかな? だって私、かなりすごいことをしてるでしょ!(笑)。わかりやすく言うと、これまでよりもかなり声域が広がっている。このアルバムでは、自分の声に自信を持てたし、時にはリスクも負い、力強く歌うことができた。「Day By Day」は間違いなく、多くの人に歌われてきたスタンダードだけど、確実に自分たちならではのアプローチでできたという自負がある。聴いてもらえれば、きっとわかってもらえるはず! ―おお、清々しいくらいに力強い。こういう曲が入っていること自体、めちゃくちゃ自信があるんだろうな、と思いました。 サマラ:この2カ月間、アルバムを聴き返しながら思ったのは、「聴いてくれたみんなに気に入ってもらいたい!」ということ(笑)。今回は『Linger Awhile』ではやらなかったようなことに、たくさん挑戦しているから。そんな挑戦に満ちたアルバムの最後を飾るのが「Day By Day」。早く、みんなに聴いてもらいたい気持ちでいっぱい。