人手が足りないと「医療・介護」はどうなってしまうのか…超高齢化時代に「やらなければいけないこと」
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌… なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換…… 発売即重版が決まった話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
論点6 超高齢化時代の医療・介護制度をどう構築するか
人口減少経済では人手不足により賃金が上昇することで、サービスの価格は上昇する。そして、その過程でサービスの質や量は調整されていく。今後、市場メカニズムは人口動態の変化に応じて、多くの産業で必要な調整を引き起こす。 しかし、医療・介護産業は規制産業であることから、このようなメカニズムが自然に発露していくかどうかは不透明である。 医療産業においては、保険収載されている医療行為に関する価格は、診療報酬制度によって定められている。また、医師や看護師は業務独占資格となっており、法律で定められている必要な教育を受け、国家試験に合格して免許を取得した者しか業務にあたることはできない。 また、医療機関が保有する病床数も政府によって規制されている。介護産業に関しては介護職が業務独占資格とはなっていないなど、医療産業と比較すれば政府による規制は緩やかなものとなっているが、介護報酬によって価格が定められているなど医療産業と構造は似通ったものになっている。 医療・介護サービスの多くは、財・サービス市場における価格や労働市場における需給が実質的に政府によってコントロールされていることから、ほかの産業と同様の調整は行われない可能性もある。 たとえば、働き盛りの人が減少していく時代においても、日本に住む人が十分な医療・介護サービスを受けることを優先し、診療報酬や介護報酬を積極的に引き上げれば、事業者の利益は保証され、結果としてサービス量は拡大することになる。また、低い自己負担割合や高額療養費制度などを通じて利用者の自己負担額を抑えれば、消費者側も値段を気にせず十分な医療・介護サービスを受けることができる。 逆に、診療報酬や介護報酬を現状の水準から引き上げないのであれば、事業者の利益が圧迫されることで、経営状態が悪い医療・介護事業者は市場からの退出を余儀なくされるだろう。その結果として、事業者の数が減少し、サービスの提供量が減少することになる。 診療報酬や介護報酬の低下は消費者が直面する価格の低下にもつながるため、超過需要が常態化し、サービスの順番待ちが頻発することになる。要介護度が低い利用者などに対する優先度が低いサービスについては、それを受けることができないような事態も発生するだろう。 一方で、そもそも、医療・介護サービスについて安くて質の高いサービスにフリーアクセスできる環境を実現するということは、非常に難しいことである。 高度な医療環境が整っていても医療費が高額で一般市民には手が届かないような米国の市場や、無料の医療が誰でも受けられるが軽度の疾患については診療の予約すら取れない英国の市場のように、諸外国を見渡せば、医療・介護サービスを受けるにあたって何かしらの制約がある国は多い。こうした観点でみれば、日本ほど安くて質の高い医療・介護サービスを思う存分に受けられる環境を整備している国は、ほかに見当たらない。 こうした日本の手厚い医療・介護サービスの体制は、その反面として税・保険料の上昇を通じ、現役世代を含めた国民負担の増加につながっている。また、医療・介護保険制度による低い自己負担率も、消費者側からみれば大量の医療・介護サービスを消費することを可能にしている一方で、本来提供されうる以上の医療・介護需要を誘発している側面もある。 今後を展望すると、高齢化のさらなる進展に伴って医療・介護産業で生じた余剰を求め、他産業に従事していた労働者がこれまで以上に医療・介護産業に流れ込むことになるだろう。そうなれば、日本社会ではただでさえ少なくなっていく働き盛りの希少な人材が、医療・介護産業にますます吸収されてしまうことになる。 このような課題を踏まえれば、これから先の超高齢化時代における医療・介護サービスのあり方については、日本社会全体として何を優先するのか考えなければならない局面に差し掛かっているのではないだろうか。つまり、今後は消費者が思う存分にサービスを消費することを最優先に考えるのではなく、どこまでのサービスは諦められて、どこからのサービスは譲れないのかを明確化していく必要があると思うのである。 このトレード・オフを解消する手立てもある。すべての人が幸せになれる方法は、当然に医療・介護産業の生産性が向上することである。医療・介護産業の生産性が上昇し、より少ない労働力で多くのサービスを提供することが可能になれば、価格の低下とサービス量の拡大、さらには労働者の賃金上昇を両立させることは可能である。実際に、近年、政府は医療・介護報酬の算定などにあたって、事業者の生産性上昇を促すための工夫を講じている。 ここまでのさまざまな事例からもわかるように、技術革新が現場のすべての問題を解決するという楽観的な未来像を想定することは現実的ではない。しかし、それ以外の方法でこのトレード・オフを解消する手立てはないということもまた事実である。 記録業務の自動化や見守り・排泄介助におけるセンサー等の利用から、入浴介助や移動介助におけるロボットの導入など、先進技術を安価に導入させるためには、医療・介護産業の技術革新を社会全体の課題として全力で進めていかなければならない。そして、これを開発し、導入するための事業者の努力を強力に促していかなければならない。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)