満員電車は「違法」です!? 当たり前に許容される法律のカラクリ “鉄道あるある”100年の議論
満員電車に“乗ってはいけない”とは書かれていない?
また第26条は、第2章「鉄道係員」の項にあることからも分かるように、鉄道係員が乗客を無理やり押し込むのを禁止しているのであり、乗客が任意で定員を超えて乗り込むことを禁じてはいません。こうして現実と法解釈は無事、整合しました。 そもそも鉄道営業法は、「満員電車」という概念のない1900(明治33)年に制定された古い法律です。山口は「合理的な解釈」を示す一方で、無理に整合性を持たせたとしても「社会一般の理解を得ることは困難」であり、改廃を含めた議論が必要であると指摘しています。 通勤ラッシュが誕生した1920年代はどうだったのでしょうか。後に鉄道省鉄道次官に就任する喜安健次郎は、1921(大正10)年に出版した解説書『鉄道営業法』で、第15条第2項は「たとえ乗車券を有するも座席に余裕ある場合に限りて乗車し得べきものとし、乗車に制限を加えたるもの」と明言しています。 喜安によれば、この項目は出発地から目的地まで乗車券を持っている長距離客が優先され、途中駅からの乗車は座席に余裕がある場合のみ認められるという、乗車の順番を定めたものでした。山口の記事までの約40年で「解釈改正」されたというわけです。 第26条については「旅客が自ら定員を超えて乗車せんとするとき、係員はこれを制止し得るは勿論なるも、単にこれを黙認したるにとどまるときは本罪成立せず」とあります。「乗客が任意で定員を超えて乗り込むことは制限されない」というのは、100年前から同様の解釈だったようです。 いつの時代の記事であっても、解釈と同時に指摘しているのは、定員を超えて詰め込まなければならない輸送状況は問題であり、事業者は十分な座席を提供できるよう努力すべきということです。 コロナ禍で一旦は大幅に緩和された混雑ですが、減便と利用の回復があいまって戻りつつあります。定員をめぐる議論からは、事業者が乗客をどのように考えているかが透けて見えてくるのです。
枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)