池松壮亮×田中裕子、映画『本心』で初共演 リスペクトあふれるインタビュー
■石井裕也監督との10年の対話が生んだ信頼関係
――『本心』は、発展し続けるデジタル化社会の功罪を鋭く描いた作品だ。今と地続きにある近い将来、“自由死”を選んだ母の“本心”を知ろうとしたことから、池松演じる主人公の朔也は、テクノロジーの未知の領域に足を踏み入れる。完成した映画の感想は? 田中:AIやVF(ヴァーチャル・フィギュア)の仕組みはよく分からないのですが、そういった未来的な世界を描いているにもかかわらず、見終わった後の甘酸っぱさが不思議で、監督の誠実さや熱意が伝わる作品でした。私は映画を観終わったあと、家に帰ったら母の肩を抱いて、手でも握ろうかなと思いました(笑)それが不思議でした。 池松:田中さんがおっしゃる通り、生きる実感に触れる映画だと思いました。韓国や中国では個人の言動や性格を学習させたAIと話しができるサービスがすでに始まっていますし、亡き人と対話したいという欲望は大昔から人間が持っているものです。カメラで大切な人を撮影して、映像で残しておこうとすることの延長上にVFがあると思います。この映画で描かれるのは、仮想空間上に“人間”をつくるという、新たな領域に踏み込んだことで起こる人間たちの物語です。 田中:音楽も良かったですね。なんだか気持ちよかった。 ――田中さんが演じるお母さんの雰囲気と音楽がすごく合っていたように思います。 池松:とあるシーンで田中さんが突然口笛を吹かれたり、涙を流されたりすることがありました。その二つは特に衝撃的で、「VFって口笛を吹くんだ」「VFって涙を流すんだ」と驚きました。田中さんがお芝居で人間的なことを選ばれるたびに、胸が締め付けられるようなうれしさが湧き、同時にAI的なものを感じるというスパイラルの中にいました。 ――口笛は台本に書いてあったんですか? 田中:口笛のシーンは監督から「何かやってみましょうか?」と言われて、現場で思いついたことをやりました。 ――先ほど、田中さんが石井監督の誠実さに言及されていましたが… 田中:そういう現場でのやり取りを、監督はひとつひとつ編集して作品にして行かれるのだと思いますが、その過程に監督の誠実さを感じます。それは一役者に対してだけではなく、すべてのスタッフや生きてない花瓶やカーテンに至るまで注がれているのかもしれない。そんな誠実さはやはり作品の要だと思います。 池松:今の言葉、すぐ伝えてあげたいです(笑)。とても喜ぶと思います。僕は10年間、多くの作品を通じて石井さんとの時間を共有してきました。長年、対話や旅を通して築いてきた関係性が確かにあって、間合いや呼吸が合っていたり、価値観や経験を共有してきたことで目指せることがあるなといつも感じます。