映画「ヒットマン」 オトリ捜査の殺し屋役をモデルにした異色のラブコメ
まだ見ぬ映画の観賞すべき作品を選ぶとき、いちばんの選択基準としているのは、筆者の場合、監督である。もちろん自分の好きな俳優がキャストに名を連ねていれば、それも考慮には入れるが、決定打となるのは監督だ。 リチャード・リンクレイターは、1993年発表の「バッド・チューニング」以来、近作の「バーナデット ママは行方不明」(2019年)まで、新作が発表されると欠かさず劇場に足を運んでいる映画監督のひとりだ。 そのリンクレイター監督の最新作は「ヒットマン」(原題「Hit Man」)。いささか物騒なタイトルがつけられており、ところどころ銃器も炸裂するのだが、けっしてアクション作品やフィルム・ノワールなどではなく、かなり入念にストーリーが練られたラブ・コメディだ。 「Hit Man」は、作品の字幕では「殺し屋」と訳されている。大学で心理学と哲学を教えている主人公が、警察の囮捜査で「殺し屋」役を演じるハメになるところから、物語は始まる。 ■巧みにつくられた上質なラブ・コメディ 「ヒットマン」の舞台は、アメリカ南部のニューオーリンズ。テネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の電車」の舞台としても知られる街だ。作中には一瞬だ、戯曲のタイトルにもなったこの街の路面電車と「欲望(Desire)」という地名も登場する。 主人公のゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は独身で、朝起きれば日課である観葉植物に水をやり、趣味である野鳥の観察をし、愛玩している2匹の猫(イド&エゴ)とともに、淡々とした日々を送っていた。 ゲイリーは大学で心理学と哲学を教えていたが、自らの知見も生かしながら、盗撮や盗聴の技術スタッフとして地元警察の捜査にも協力していた。そんなある日、囮捜査で「殺し屋(ヒットマン)」役を演じていた警官のジャスパー(オースティン・アメリオ)が職務停止処分を受け、その代役としてゲイリーに白羽の矢が立つ。