映画「ヒットマン」 オトリ捜査の殺し屋役をモデルにした異色のラブコメ
ある女性から夫の殺人依頼が届く
最初は乗り気ではなかったゲイリーだったが、いざ「殺し屋」役を演じ始めると、自分には他の人間に成り切る才能があることや、そのことを楽しんでいることに気づく。任された仕事は、ゲイリーが演じるニセの殺し屋が殺人依頼を受け、その場で報酬金の取引が成立すると、警察が踏み込んで相手を逮捕するというものだった。 依頼人を捕まえるために、さまざまなプロの殺し屋に成り切り、予想外の才能を発揮するゲイリーだったが、大学で心理学を教える彼にとっては、人間の意識や行動を実地に確かめることのできるこの役柄は見事に嵌り、警察の逮捕実績にもかなり貢献することになる。 そんなとき、マディソン(アドリア・アルホナ)という女性から、夫を殺して欲しいという依頼が届く。警察からの資料に目を通しながらプロフィールを調べるうちに、ゲイリーは美しく、犯罪歴もない彼女に心が引き寄せられていく。 ゲイリーは、マディソンに実際に会い、その夫に対する殺人依頼を聞いているうち、彼女のままならない境遇に同情して、差し出された礼金を突き返し、「この金で家を出て、新しい人生を手に入れろ」と見逃してしまう。そのとき、ゲイリーは何かあったらと自分の連絡先も彼女に渡していた。 結果として依頼人(犯人)を逃がしてしまったゲイリーだったが、その後も「殺し屋」役を続け、警察の囮捜査にも協力していた。そんなある日、マディソンからゲイリーにメッセージが入る。 マディソンはゲイリーに諭されたことで、新しい人生を歩み出していた。かねてから好意を抱いていたこともあり、再会すると2人の距離はみるみる縮まっていった。とはいえ、実は「殺し屋」ではない自分の本当の姿を、ゲイリーは彼女に言い出しかねていた。そんなとき、マディソンの夫が何者かに殺されたとの一報が入るのだったが……。
映画の着想はどこから?
冒頭にも触れたが、「ヒットマン」は実に巧みにつくられたラブ・コメディだ。とはいえ、ミステリーやクライムストーリーなどの味付けも各所に施されており、観ていて倦きることがない。 特に「殺し屋」という役柄を楽しむかのように、自分の正体を隠しながらマディソンとの関係を深めていく主人公の愛の行方はなかなかスリリングだ。最後のシーンまで深く興味を繋ぎながら観ることができる、かなり上質なラブ・コメディと言ってもよい。 ■やや本当の「ヒットマン」の話 映画「ヒットマン」では、最初に「ゲイリー・ジョンソンの人生に着想を得た──やや本当の話」という人を喰ったようなクレジットが登場する。 実は、この作品は、20年以上前に雑誌に掲載されたゲイリー・ジョンソンという男性の記事が基となっており、主演も務めたグレン・パウエルがそれを読み、監督のリチャード・リンクレイターに電話をしたことから企画が始まったのだという。 クレジットに登場した実在のは、映画「ヒットマン」の主人公のように殺し屋役を演じて警察に協力し、その潜入捜査で70人以上の逮捕者の検挙に至ったという人物だ。 彼について書かれた記事のなかには、作品の基ともなった元夫から暴力を振るわれ、止むなく殺人を依頼してきた女性を逮捕するのではなく説得して適切な支援が得られるようにしたというエピソードもあったという。 「ヒットマン」の巧みな脚本は、主演のパウエルと監督のリンクレイターが共同で執筆したものだが、ニセの「殺し屋」と夫の依頼殺人をしてきた人妻が恋に落ちるというやや突飛な設定も、この実話の裏付けがあるからこそ一本筋の通ったものとなっているのかもしれない。 ちなみに、作品のなかで「殺し屋」役のゲイリーが、殺人の依頼人と会うときの符牒が「パイの味は?」「どのパイもうまい」となっているのも、このゲイリー・ジョンソンの記事から採用されているのだという。