超能力バトルの興奮と警察捜査小説の醍醐味を味わえる『バーニング・ダンサー』など、暑い夏におすすめのエンタメ小説7冊(レビュー)
人体が燃える話に続いては家が燃える話を。永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)はタイトル通り、檜垣澤家が燃える話である。 舞台は大正。貿易商・檜垣澤商店当主の妾の子として誕生した高木かな子は、七歳の時、母の死で檜垣澤家に引き取られる。女系が力を持つこの家では父の妻である大奥様のスヱが万事を取り仕切り、その長女にもすでに三人の娘がいた。妾腹でまだ幼いかな子の入る隙はどこにもない。そんなある日、次の当主である婿養子が不審な死を遂げた──。 金持ちの家に引き取られた妾の子、というと『小公女』的なベタな展開を予想するが、その予想はどんどん裏切られていく。なんせこのかな子がめちゃくちゃ賢いのだ。計算高いと言ってもいい。しかし所詮は子どもなので、利用したつもりがされていたりということもあり、その頭脳戦がそりゃもうエキサイティングなのである。はたしてかな子は檜垣澤家の中でどう成長していくのか、眼が離せない。 大正の上流階級の絢爛さは『華麗なる一族』のようだし、姉妹の人間模様は『細雪』を思い出す。その一方、大正デモクラシーや戦後不況、スペイン風邪など時代の描写も厚い。ミステリ、時代小説、家族小説、成長小説のすべての醍醐味の詰まった一作だ。永嶋恵美のここまでの代表作だと断言してしまおう。
人と家が燃えたところでやっぱり暑くなったので、涼めそうなものを──と選んだのは寺地はるな『いつか月夜』(角川春樹事務所)だ。冬の夜に散歩するというその設定だけで涼しい。普通に考えれば涼しいどころか寒いはずなんだが、猛暑が感覚をバグらせている。 一人暮らしで会社員の實成は漠然としたモヤモヤに襲われることがあった。そんな時には外に出て、静かな夜道をひたすら歩く。ところがある夜、歩いている最中に同じ会社に勤める塩田さんと出くわした。塩田さんは中学生くらいの女の子と一緒で何やら事情がありそうなのだが、實成は何も尋ねず、ただ一緒に歩く。そうこうしているうちに、夜の散歩のメンバーが増えてきて……。 寺地はるなの描く「日常」は絶品だ。数々のエピソードを淡々と描いているようでいて、それぞれ皆、何かを抱えているのが静かに伝わってくる。抱えているそれと戦ったり、見ないふりをしたり、持て余したり。おかしいと思ったことや理不尽に逆らえなかったり流されそうになったりしながらも、それでも踏みとどまるために歩く人たちのなんと愛おしいことか。 特にいいのは登場人物たちの距離感だ。親しくなっても踏み込まない。踏み込まないが側にいる。とてもていねいな付き合い方。こういうふうに人と向き合えたら、どんなにいいだろうと思わせてくれる。夜、歩いてみたいと思った。もうちょっと涼しくなったら。