【ラグビーコラム】継続の力。(直江光信)
それなりに勝負できるのではないか――という淡い期待は、前半の35分で砕け散った。接点で食い込まれ、ブレイクダウンで何度もターンオーバーを許し、それまでの4試合では安定していたセットプレーでもたびたびマイボールを失った。最終スコアは14-42。今夏の日本代表の活動を締めくくる7月21日の札幌でのイタリア戦は、あらためて国際試合の厳しさを思い知らされる結果となった。 とりわけ力の差を感じたのは、ラグビーの原点ともいえるコリジョンの局面だ。端的にいえば、イタリアはたくましくよく鍛えられていた。まずタックルやボールキャリーのヒットそのものが強く、当たったあとにドライブして押し込む意識も徹底されている。日本代表はフィジカルバトルで劣勢に回り、ブレイクダウンでプレッシャーを受けたことで思うように攻撃のテンポを上げられず、防御でもイタリアの勢いを止めきれなかった。 「(そこまでの4試合で)収穫があったかな、と思っていたんですけど。今日の試合は、あまりよくなかったので」 全5試合に2番で先発したHO原田衛の試合後のコメントだ。17-52で敗れたイングランド戦でさえセットピースで奮闘するなど過去4戦はどのゲームも手ごたえを感じる部分が少なからずあったが、このイタリア戦はチームとして築き上げてきたものをほとんど発揮させてもらえなかった。「まだ足りないことだらけだな、という感触」というWTB長田智希の言葉は、全選手に共通する実感ではないか。 ただ、現在の日本代表はこの6月にスタートを切ったばかりであり、実質40日ほどしか活動していない点は差し引いて考えるべきだろう。2027年のW杯オーストラリア大会に向けメンバーも大幅に入れ替わり、いわば一からチームを作り直し始めた状態に近い。そう考えれば、今回味わった蹉跌は、新生ジャパンが本当の意味でテストマッチラグビーを戦う集団になる上で必要な経験なのかもしれなかった。 実際、今回来日したイタリアも、現在のチーム力を手に入れる過程では同じような道をたどっている。 シックスネーションズでは最下位が定位置で、2015年から2022年にかけて36連敗という不名誉な記録を作り、下部大会にあたるラグビーヨーロッパチャンピオンシップとの昇降格制導入議論の的にもなってきた。プレースタイルもHBからのキックとFWのセットピースを軸にした単調なラグビーで、個性的なキャラクターが並ぶ国際ラグビー界においては常に地味な存在から抜け出せなかった。 そんな状況を変えたのが、2021年7月に就任したニュージーランド人のキアラン・クローリーHC(現三重ホンダヒートHC)である。 オールブラックスのFBとして1987年と1991年の2度のW杯に出場しているクローリーHCは、FWとBKが連動し細かくパスをつないでスペースを攻略する展開ラグビーへとモデルチェンジすることで、愛称“アッズーリ”を浮上させた。さらに若く才能ある選手を積極的に起用し、厳しいテストマッチの経験を積ませることで、チームの土台を丁寧に構築した。現キャプテンのFLミケーレ・ラマロ(26歳)やNO8ロレンツォ・カンノーネ(23歳)、SOパオロ・ガルビシ(24歳)、FBアンジュ・カプオッゾ(25歳)らは、いずれもクローリーHCのもとで飛躍を遂げた選手たちだ。 そしてそのイタリアを昨秋のW杯フランス大会後に引き継いだのが、ゴンサロ・ケサダ現HCだ。アルゼンチン代表のSOとして1999年のW杯で得点王に輝いたケサダHCは、クローリー前HCのチームづくりの方向性を継承しつつ、そこに新たなエッセンスを加えることで、チームの進歩をさらに加速させた。 ラマロキャプテンによれば、ケサダHCは合流後の最初のミーティングで、「何かを劇的に変えるのではなく、今までのやり方のいいところを維持していこう」と選手たちに語りかけたそうだ。それまでの成果を認め、一貫性と継続性を持ってチームづくりを進める意志を明確にしたことで、「選手たちの自信が深まっていった」という。 「ケサダHCは一人ひとりのプレーヤーの能力を理解し、それを高めるとともに、しっかりとしたゲームプランを構築してくれた。一方でキアランは、若手を育て、勝つカルチャーを作り、新しいことにチャレンジする流れを作り上げた。現在のチームの基礎は、前HCのキアランが築いたものかもしれない。そしてその上に、ケサダHCが新たな能力と強みを加えてくれたのです」(ラマロキャプテン) チームは一朝一夕には完成しない。ましてテストマッチ、さらにはW杯で勝負できる本物のチームを作り上げるには、多くの時間がかかる。百戦錬磨のジョーンズHCは、当然ながらあらゆる要素を踏まえた上で方針を定め、W杯までの強化プランを綿密に描いているはずだ。 繰り返しになるが、新生日本代表の歩みは始まったばかりだ。8年にわたり指揮を執ったジェイミー・ジョセフ前HC体制のチームは昨秋のW杯に向け多くのベテランを起用してきたため、新体制では大幅なメンバーの入れ替えが不可欠だった。戦い方を含めチームをほぼ一新しただけに、取り組みの成果が表れるまでもうしばらく時間が必要なのは、仕方ないことだろう。 ターゲットはあくまで2027年のW杯で結果を残すこと。そしてそのためにこの夏の経験をどう生かすかが、今後の重要なテーマとなる。8月下旬から始まるパシフィック・ネーションズカップと秋のテストシリーズで、いかに進歩した姿を披露できるか。足取りをしっかりと見極めていきたい。 【筆者プロフィール】 直江光信(なおえ・みつのぶ) 1975年生まれ、熊本県出身。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。早大時代はGWラグビークラブ所属。現役時代のポジションはCTB。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。ラグビーを中心にフリーランスの記者として長く活動し、2024年2月からラグビーマガジンの編集長