「明日はパン一つ」、なじみ客の言葉に残ったお金をはたいて臨時の朝市を開くと…東日本大震災の経験者を訪ねたら、能登半島地震被災地へのメッセージであふれていた(1)
薬を入手できない状況だったので、落ち着いて過ごせるように「ジュースを買いに行こう」など頻繁に声をかけ、行動を共にするよう心がけていました。 能登半島地震では、避難所で孤立する精神障害者がいると聞きます。信頼できる人が近くにいないと、障害のある人は困っていても言い出せない恐れがあります。周囲の人が「大丈夫?」などと声をかけ、困り事を相談できる関係を築くことが大切です。 また、日記を書いてもらうことが不安定な気持ちを落ち着けることに有効かもしれません。私たちは、東日本大震災から1週間ほどたった頃、それまでの出来事を1冊のノートに記しました。気持ちを整理できますし、周囲の人と「あんなこともあったね」と話すことで精神的な負担も軽減されます。 ▽被災地の環境改善、まず水道復旧を 東北大病院の医師石井正さん(61) 東日本大震災では、3千人以上の犠牲者が出た宮城県石巻市で、全国から集まった合同救護チームの統括役を務めました。県の災害医療コーディネーターとして、チームごとに担当エリアを決めたり、医療関係者や行政との調整をしたりしました。
能登半島地震後の1月中旬、災害医療支援の第1班として同僚医師や看護師ら7人で石川県輪島市に入りました。13年前、石川県の医療チームが石巻市に入ってくれた恩返しでもあります。 市立輪島病院の発熱外来組と、災害用簡易トイレを設置する組とに分かれ、私は7台のトイレを避難所に設置しました。訪ねた避難所は東日本大震災の時と全く同じ。ほこりっぽく、上下水道が通っていない。屋外にある仮設トイレに行くにしても寒く、高齢者にはリスクが高いと感じました。 被災地の環境改善のためには上下水道を復旧することが一番大事。水がないと手洗い、うがいもできず、感染症の危険が高まります。水道設備が整った場所に移る2次避難を検討すべきですが、地元を離れることや、農機具などの財産を置いていくことへの不安もあるでしょうから強制はできません。 困っているときの支援は当然ですが、地域医療の復興を考え、被災地の自立に向けて支援していくことも重要だと感じています。