たった一言で世界が大転換する…「世界で活躍する能楽師」のセリフに隠された「スゴい秘密」
「和歌」と聞くと、どことなく自分と縁遠い存在だと感じてしまう人もいるかもしれません。 【漫画】床上手な江戸・吉原の遊女たち…精力増強のために食べていた「意外なモノ」 しかし、和歌はミュージカルにおける歌のような存在。何度か読み、うたってみて、和歌を「体に染み込ませ」ていくと、それまで無味乾燥だと感じていた古典文学が、彩り豊かなキラキラとした世界に変わりうる……能楽師の安田登氏はそんなふうに言います。 安田氏の新著『「うた」で読む日本のすごい古典』から、そんな「和歌のマジック」についてご紹介していきます(第一回)。
能楽師たちの「口伝の稽古」
私たち能楽師にとって「和歌」といえば、何よりも「うたう」ものです。 「何よりも」というのは本当に何よりもで、《意味》よりも《うたう》ことが第一なのです。 能の家に生まれた人たちは3歳くらいから稽古を始めます。口伝えの稽古です。 ある能楽師が小学生の頃の稽古の話をしてくれました。 彼の師匠はお祖父さん。実の父親が稽古をすると厳しくなりすぎてしまうので、おじさんやお祖父さんが稽古をすることが多いらしいのです(私は成人してから能の世界に入ったため、経験のある方に聞きました)。しかし、そのお祖父さんは厳しい人で、大きな目でぎょろっと睨まれると、冷や汗が出て来たとか。ですから、稽古はいつも緊張していました。 ある日、「昨日、稽古をしたところを謡ってみろ」と言われた。小学生なので、もう文字は読める。しかし、子どもの稽古は無本。文字で書かれたものは見ない。確かに昨日、稽古はしてもらった。しかし、緊張していて頭は真っ白になり、まったく思い出せない。 お祖父さんは大きな目でこちらを凝視する。冷や汗が噴き出してくる。すると余計に思い出せなくなる。かなりの間、無言が続いたあと、お祖父さんがふと目をそらした。お祖父さんの目の先には壁があり、そして「ふしあな」があった。 「あ!」と思った彼は「不思議やな」という詞章を思い出して謡ったということでした。「ふしあな」が「ふしぎ」を思い出させたのですが、その方は「不思議やな」と謡うと、今でもその「ふしあな」を思い出すのだそうです。