踏み出せずにウズウズしちゃってる人必見! 仲野太賀さんと阿部裕介さんが語りあう、僕らが旅に出る理由。
仲野太賀さん、上出遼平さん、阿部裕介さんの三人が、ネパールにある「世界一美しい谷」ランタン谷を目指す――。その度の模様を、阿部さんと仲野さんが撮影した100枚を超える写真、上出さんの文章で楽しめる『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』が、刊行即重版するなど大好評発売中! 【写真】超楽しそう…! 爆笑する仲野太賀さん 文章パートはあくまで上出さんの視点から語られる本書に、仲野さんと阿部さんが何やらモノ申したい!? とのことで、三人を結び付けた伊賀大介さんをお相手に思いの丈を語るはずが、溢れてくるのは楽しい思い出ばかりで――。 写真:森 清 初出:「群像」2025年1月号(一部再編集しております。) 【前編】「仲野太賀さんと阿部裕介さんが、上出遼平さんにモノ申す!? 『MIDNIGHT PIZZA CLUB』で好き勝手書かれた二人が「上出被害者の会」を発足!?」
合言葉は「ビスターレ、ビスターレ」
阿部:今回、上出さんをイジりたかったんですけど……上出さん、優しいところがあって。沼に落ちたとき、着替えがほぼない状態だったんですよ。UL志向(あくまで必要な装備は削らず、余分なものだけを削ぎ落とすという考え)で、パンツとインナーシャツを二枚しか持っていなくて、羽織るものも一枚ずつしかなくて。だから持っていた服が全部ビッチョビチョになってしまって。太賀の部屋に行ったら、もう寝てたのか部屋のドアが閉まってたから、次に上出さんの部屋に行ったんですよ。「上出さん、ちょっと寒い」って言ったら、何も言わずに着るものを貸してくれて。上出さん、ちゃっかり優しいんですよね。 仲野:上出さんは基本的に優しいよね。 阿部:やべぇ、イジれなかった。あと、二人とも休憩に寛容なんですよ。太賀は前だけ向いてひたすら歩くんですよ。上出さんは疲れてると思うけど、プライド的に言わない感じで。俺が「疲れたから休もうぜ」って言うと、「うん、いいよ」って二人とも超寛容に休んでくれるんですよ。 仲野:いや、そりゃね、阿部ちゃんが言うことは絶対っていうルールがあったからね(笑)。 伊賀:それも読むとわかる(笑)。そんで、この旅は何日くらいかかったの? 阿部:山が五日くらいで、最後の二日間は雪で幽閉されてたから、七日間くらいかな。 仲野:それだけの間歩いて寝て食べて一日中一緒にいることなんて今までなかったから、阿部ちゃんの体力的なことや繊細さを知ったのは初めてでしたね。まぁ、繊細な人だと思ってはいたんだけど、旅に出るとそういうことも全部理解し合いながら行かなきゃいけない。 伊賀:そういうところが読んでいても面白いよね。さっきの上出くんが優しいって話もそうだけど、三人の素の顔が見えてくるし。これを読んだ人も友達と「俺らもどっか行ってみる?」ってなりそうだよね。誰を誘おうかなって。 阿部:注釈入れたいね。我らは特殊な訓練を積んでいますって(笑)。土壇場には強いですって。 仲野:でも確かに友達を誘って行くのが良いかもしれないですね。今回のネパールですが、他の旅行者にくらべて俺らは超ゆっくり行ったんですよ。合言葉は「ビスターレ、ビスターレ(ゆっくり、ゆっくり)」ってね。高度に慣れてないこともあってゆっくり登ったんですけど、トレッカーとかは二日程で行っちゃったりするんですよ。女性でももちろん行けるし、難しい行程では決してないよね。 阿部:ゆっくりじゃなくても普通に歩いていけば、真ん中地点の街とかで一泊して高度順応すれば、そんなにひどいことにはならないし。時間に限りがある人はちゃんと高度順応した方がいいですけど。無理やり行っちゃうと辛くなって必ず下りなきゃいけないんで。病院とかもないですし。 伊賀:太賀は最後ちょっと高山病ぎみになってたの? 仲野:多分そうだと思います。酒を飲んでたというのもあると思うけど。俺、顔、凄かったもんな(笑)。 阿部:今回本を作るにあたって百枚くらい写真をプリントしたんです。初日のカトマンズから山のてっぺんにかけて、太賀の顔がどんどん膨らんでいくんですよ。それが面白すぎて(笑)。 仲野:キャンジン・ゴンパのとき、やばい顔してたもんね。もうパンパンに膨らんで。 伊賀:そういえば、この本って写真も最高なのばっかりなんだけど、太賀と阿部ちゃんの撮った写真は区別がつくようになってるの? 阿部:一緒にしちゃおうと思っています。でもプリントしていて思ったのが、やっぱり太賀が撮った写真はそうだってわかるんですよ。画角もそうだけど、ほぼほぼ同じようなカメラを使っているのに、写真って人によってここまで撮るものが違うんだなって。最初の方にあるカトマンズの写真はほとんど太賀の撮ったものなんですね。僕は何度も行ってるからもう撮らなくなったような写真を、太賀は飄々と撮っちゃうんですよ。例えばハトとか。俺、ネパール行ってももうハトとか撮らない(笑)。すごく純粋でいいなって。やっぱり何度も行くことによって、どうしても自分の目線が細くなっていくんですよ。そこを今回太賀がガッと拾ってくれたんです。太賀がいてくれたからこそできた写真ですね。あれは本当に良かった。 伊賀:ネパールの朝が綺麗だって描写もさ、文章だけでももちろん伝わるんだけど、やっぱり写真があるから補完されるよね。写真パートと文章パートのバランスもよくて、「あ、これがあの太賀お気に入りのチャイか」「これがあのアップルモモか!」ってディレイでわかってくるのもいいよね。キャプションが入ってないのも洒落てる。 阿部:あんまり説明しすぎない方がいいかなって。でも、載せたい写真はもっと大量にあって。 伊賀:だよね。キリがないよね。あと個人的にはベーカリーの女の子のポートレートにかなりグッときたわ。これも旅の醍醐味だと思うけど、一瞬だけ人生がすれ違う人のことをあんな風に撮れるのはホントに美しいなと。 阿部:今回の旅の俺の一番のピークはあそこだったのかもしれない(笑)。 伊賀:貯金の話とかも笑ったけど、読んでると阿部ちゃんの底知れなさが凄い。コイツは一体どういう人間なんだ!? ってさ(笑)。 阿部:この旅は太賀がサプライズでニューヨークに来たことから始まったんですよ。実は十年くらい前から、いつか一緒にネパール行けたらいいねっていう話はしてたんです。 仲野:出会った頃からね。 阿部:いつ実現するかはタイミングに任せてたんですけど、今回「行こう!」ってなって急に始まったわけです。資金繰りのために企画書を書いたり、いろんな所にサポートをお願いしますって言ってまわったりしたんですけど、これまでそんなことやったことなくて。まずPowerPointもExcelも使ったことなくて。百均で画用紙を買ってイメージを書いて、それをアルバイトの人におこしてもらって、というところから始まったんです。だんだん俺もいじれるようになって資料を作って。太賀も、上出さんの衣装を全部集めて、忘れ物がないかとか、ルートを組んだりとか。ニューヨークから帰って一ヵ月間くらい本気で準備してたんですよ。だからネパールに行った瞬間、「やること終わった~」と思っちゃって。 仲野:やりつくして気が抜けちゃったんだ、安心して。 阿部:本当に抜けちゃったの、すべてが。自己弁護になっちゃうんだけど。 伊賀:あと上出くんの必殺技だけど、食べ物の描写も異様に詳しくて、出てきた食い物全部食いたくなるんだよね。マジで今すぐアップルモモ食いたいもん(笑)。 仲野:さすが上出さん、『ハイパー』も書いて、あれだけグルメをやってきた人だからこそですよね。そういえばご飯にまつわる阿部ちゃんの話も面白くて。山に入る前に阿部ちゃんに、「ご飯どうしよう。持っていった方がいいのかな」って聞いたら、「宿のレストランでご飯が食べれるから」って言われて。「何がでるの?」って聞いたら、「チョウメン(ヌードル)しかないから、いろんなものを持って行ったほうがいい」って言ってたんですよ。だからアルファ米とかをみんなで持っていくことになって。で、実際行ってみたら、ダルバートはあるわピザはあるわ、いろんな焼きそばもあるしスープもある。それに、どの宿行ってもだいたい同じメニューなんですよ。「え、聞いてた話と違う!」と思ったら、この人は同じものしか食べないから(笑)。十何年ネパールに行ってて、メニューにそれしかないって思ってて(笑)。 伊賀:同じものを食べ続けるっていうのも一つの定点観測だもんね(笑)。 阿部:太賀と上出さんのおかげで、今回俺は本当に視野が広がりました。太賀は途中からほぼダルバートだったけど、上出さんは仕事柄か、毎回違うご飯を頼んでいくんですよ。俺はずーっとガーリックトマトスープなのに。 仲野:あとタトパニ(お湯)ね。 伊賀:あとさ、阿部ちゃんが人のご飯に黙って最初に手をつけちゃうっていうのもすごいインパクトがあったんだけど、あれはナチュラルにそうだったの? 仲野:本当に、ナチュラルにそうなんですよ! 阿部:ちょっと待ってください。レストランではおかわりさせてくれるんですよね。ちょっとせこい考え方なんですけど、みんなダルバート、二、三回ご飯が盛られるんで。きた瞬間に一口だけもらっても、また追加されるんで。 仲野:しかも無言なんです。「わー、来たー」と思ったときにはもう手が伸びてきてるんですよ。で、食べたかと思いきや、眼鏡を曇らせながら携帯いじってるんです。悪びれる様子もなく。最初のひとくちって大事じゃないですか。特に僕と上出さんはご飯大好きで。なのに、本当に大切な最初のひとくちを有無も言わせずいっちゃうから。何度上出さんと目を見合わせたことか。 阿部:ちょっとすいませんね、本当に。楽しすぎて。親しき仲にもなんですが、それがぶっ壊れるくらい楽しくて。なんか兄弟になっちゃったような感覚で。 伊賀:人が食べてるのは美味しそうに見えるよね。しかも、一人で行ったときには絶対頼まないやつだから。 仲野:だから毎回言うんですよ。「他のも食べれば? ダルバート頼みなよ」って。なのに、「いやいや、俺は食べない。ガーリックスープしか頼まない」みたいな感じで。で、「あ、そうなんだ」って俺らがダルバートを頼んだら、ガッと奪っていくから。なんなんだろう、この人って。それで悪びれないよね。 阿部:悪気はないんですよ。 仲野:そう、悪気は一切ない(笑)。すごくいい人だっていうのはわかってるんだけど、面白いんだよな。 伊賀:読んでればわかるよ。結局阿部ちゃんが全て持っていってる(笑)。 阿部:やめよう、やめよう。 阿部:あ、でももうひとつだけ話したいことがあって。ホットシャワーのくだりがあったと思うんですよ。あれはラマホテルかな、標高二四〇〇メートルくらいにある。昔、ラマホテルのちょっと下に温泉があって、地震が起こる前は下山したらそこに入って帰っていて、何度も利用していたんです。温泉といっても、ちょっと濁った温かい川なんですが、日本人からするとすごい気持ちいいんですよ。地震が起こってからもうだいぶ経つから、温泉が復活してるかなって期待してたんですけど、行ってみたらやっぱりなくてちょっとショックで。そしたら「ホットシャワーあるよ。タトパニあるよ」って言われて。「え!」と思って風呂場をちらっとみたら結構汚くて。「やー、これに入るくらいだったら、もう別にいいかな」って思ったんですよ。なのに、気づいたら太賀はもう入ってて。変な話ですが、売れていったら綺麗なところがいいとか言うんじゃないかって思ってたんですけど、「めっちゃ気持ちよかったー!」って。俺も次に入ったんですけど、正直に言うと、レベルが十段階あったら二くらいだったんです。でも太賀がよかったって言うからいいように思えてきて。もし自分ひとりだったら汚すぎて絶対に入れなかったですが、太賀がOKだったから入れた。そのとき、太賀は今これだけ売れてるけど、ちゃんと自分の目線があってすごいなって思いました。自分にとって合格か否かの基準をはっきりと持ってるんですよね。太賀は綺麗がいいとかあんまりないの? 仲野:いや、もちろん綺麗な方がいいけど、あの旅の中だと身体を洗えるっていうのが俺にとっては最高に大きくて。汗もかくし、疲れてるし、とにかく洗いたい。コンクリートの掘っ立て小屋みたいな感じだったけど、お湯さえ出ればいいやっていう状態だったから。 阿部:伊賀さんだったらどうですか? 伊賀:俺は結構郷に入っては郷に従えっていうのが好きなタイプ。もちろん綺麗な方がいいんだけど、汚いとか冷たいとかも経験というか、楽しいじゃない。 仲野:たしかに、俺も郷に入っては郷に従えタイプで。阿部ちゃんも上出さんもいろんなところに行ってるし、二人はもっとそうなんだと思ってたら、二人とも全然郷に従わない(笑)。マイペースをどうつらぬくか、環境や状況が違う中でも自分のスタイルを崩さないっていう。それが逆にすごいなって。阿部ちゃんが一〇〇崩さなくて、上出さんが五〇くらい崩さない。で、俺はほぼ崩すって感じでした。 伊賀:それは太賀が俳優部っていうのもあるかもしれないね。 阿部:太賀、偉いんですよ。今回朝ドラの撮影の合間に行ったから、シーンのつながりを気にして顔が焼けないように気をつかっていて。 仲野:大事、大事! 焼けたらもうつながらないんで。 阿部:標高が高いと焼けやすいので、今回企業から化粧品や日焼け止めを提供していただいていたんですよ。正直俺は寒すぎて顔を洗うのも嫌だなと思ってたんですけど、太賀はちゃんと毎日顔を洗って、日焼け止めも塗ってたもんね。 仲野:そこだけは死守しないと。まぁ、撮影中に行くなよって話なんですけど(笑)。やっぱりタイミングは限られてるし。 伊賀:いつも思うけど、なんかワクワクしそうなことがあれば本能的にすぐ飛び込んでいく太賀の思い切りが凄いよね。